アイセルとしてはもちろんケースケの一番になりたかった。
 ケースケの特別なオンリーワンになりたかった。

 自分が女の子として魅力に欠けているとは思わないし、女の子としてケースケからそれなりに好意も持たれていると思っている。

 今一番ケースケに近い場所にいるのは自分であるのは間違いないし、いつの日かケースケの心の病を治して結ばれる――そんな未来予想図までなんとなくだけど心に描いていたりもする。

 だけどシャーリーのような群を抜いた美貌と、さらには溢れんばかりの知性と教養を兼ね備えたパーフェクト・レディを相手にして、恋の争奪戦で勝てるかどうかと自問するとそんな自信は全くないのだった。

 シャーリーの前では今アイセルが持っているリードなんて、すぐにリードではなくなってしまうだろう。

 なにより今日少し話しただけで分かった。

 シャーリーがケースケに本気だということが。
 本気でケースケのことを好きなんだってことが。

 しかも3年半ぶりに会ったというのに、シャーリーと話すケースケは本当に自然な様子で。
 そして互いの信頼関係が傍から見て分かるほどの2人の親密な関係性を、どうしようもなく羨ましく感じる自分が確かにいることを、アイセルははっきりと自覚していた。
 いやひしひしと思い知らされていた。

 もしそんなシャーリーと自分が争えば、それはもう血で血を洗う感じになるのは間違いない。
 どちらも譲る気も負ける気もさらさら無いのだから――。

「……たしかに一理あるかもですね」

 だからアイセルは当然のようにその結論へと至った。
 強大な敵はしかし、仲間になればこれほど心強いことはない。

「分かってくれて嬉しいわ。ね、仲良くできそうでしょ?」

「ですが抜けがけはダメですよ?」

「アタシから持ちかけたんだもの、それはないわ。冒険の神ミトラに誓いましょう」

 にっこり笑って差し出されたシャーリーの手を、アイセルはしっかと握り返したた。

 ケースケを包囲・陥落せんとする『アイセル・シャーリー同盟』が誕生した瞬間だった。

 ちなみにこの場にいたもう1人、サクラは特に口出しすることなく2人のやり取りを静かに眺めていた。
 自分が首を突っ込む話ではないと思って、黙って聞きに徹していたのだ。

 基本的にサクラは空気が読める。
 割と正直な性格だとは自分でも思っているけど、ちゃんと自重もできるタイプなのだ。

 だけどケースケと話す時だけなぜか、サクラはついつい言わなくてもいいことまで言ってしまうのだった。

 なんでかなーとサクラはちょっとだけ思ったものの、特に深くは考えることはしなかった。

 年が一回り以上離れていてレベル120もあるのに、ちっとも偉ぶってなくて話しやすいし。

 夜のレッスンで冒険者に必要な知識を教えてくれる時も、教え方がすごく上手で親身で分かりやすいし。

 つい生意気を言ってしまうサクラの面倒を、なんだかんだ文句を言いながらも見てくれるし。

 そういうのの積み重ねで、実の兄妹みたいにでも感じているのだろう、きっと。
 だからついつい甘えてなんでも思ったことをズケズケ言ってしまうのだ、そうに違いない。

 だってサクラはろくに戦えもしないゴミカスクズザコバッファーなんかより、吟遊詩人が(うた)い奏でるような、ぐいぐいとみんなを引っ張っていくイケメンの前衛職が好きなのだから。

 好きなはずなのだから。

 …………
 ……


「お待たせー。紅茶と杏仁豆腐を人数分、持ってきたぞー」

 4人分の注文が乗ったお盆を両手に載せてケースケが戻ってきた。

 お盆の上には結構な量が載っているため落とさないようにバランスをとるのも難しいだろうに、その足取りはいつもとなんら変わらない。

 こんな感じで割と何でも器用にこなすのが、ケースケのさりげない強みだった。

 悪く言えば器用貧乏。
 なにより一番重要な戦闘でさっぱり役に立たないせいで、パーティにおけるケースケの地味な貢献は、外からはなかなか見えにくいのだった。

 それはさておき。
 淹れたての紅茶とスイーツで軽く一服してから、タイミングを見計らってアイセルが言った。

「ケースケ様、やはり人助けは大事だと思います」

「ん? そりゃまぁ大事だよな、俺もそう思うぞ。でも今さらどうした?」

「であるならばやはり、シャーリーさんの幸せを考えるべきではないかと。ニセ彼氏としてシャーリーさんのお父さんと会って、お見合いはなかったことにしてもらいましょう」

「いやあの急にどうしたんだよ? さっきまでアイセルははかなり強く反対してたよな?」

「少し頭を冷やして、理性的かつ合理的に考えた結果です」

「お、おう。そうか」

「シャーリーさんをパーティのメンバーに加えるのにも賛成です。元勇者パーティのメンバーであり、しかもケースケ様の信頼も厚いともなればこれ以上ない人選かと」

「アイセルはそっちも賛成か。えっとじゃあサクラはどう思う?」

「もともとシャーリーは憧れの人だったし、私が反対する理由は特にはないかな」

「ですってケースケ。満場一致ね」

「まぁそうなんだけどさ? 俺が紅茶を頼みに行ってる間に、いったい何があったってんだ……?」

 なんとも腑に落ちないと言った様子で首をかしげるケースケだったけれど。
 アイセル&シャーリーによる秘密同盟の結束力は極めて固く、何があったかを知らされることは最後までなかったのだった。