冒険者ギルドから馬車を借りた俺たちは、3日ほどかけてジャック・オー・ランタンが出るという場所へと向かった。

 ちなみに御者は俺が担当している。

 ジャック・オー・ランタンは夜道で旅人を迷わせるゴースト。
 つまり出現した時にはもう馬車ごと巻きこまれてしまっているので、一般人の御者を危険な目にあわせないためにも、冒険者である俺が御者をやる必要があったのだ。

 勇者パーティ時代、後衛不遇職のバッファーだった俺はみんなに迷惑をかけているという負い目もあって、なんとかパーティに貢献できないかなと色んなことに手を出していた。

 そしてその結果、馬車くらいなら軽く扱うことができるようになっていた。

 今までほとんど馬車を借りなかったのは、単に金銭面の問題だ。

 馬車を借りるとね、とても高いんだよ。
 半端なクエストだと報酬が吹っ飛んじゃうの。
 どころかマイナスなの。

 そして冒険にはアクシデントがつきもの、クエスト途中で馬車を壊してしまうことだってあるわけで。

 壊したらもちろん修理をして返さないといけない。
 そうなると下手をしたらクエストを完了しても大赤字になる可能性まであった。

 だがしかし!

 今回は特別指名クエストなので、費用は全て依頼者である評議会持ちなのだ。
 よって心置きなく馬車を借りれるのである!

 壊しても費用は向こう持ちだ、やったね!

 そういうわけで現場周辺までやってきた俺は、客室にアイセルとサクラを乗せてしばらく馬車で夜道をゆらゆら流していたんだけど――。

 そんな俺たちの周りにどこからともなく鬼火――ジャック・オー・ランタンが現れた。

 カボチャの顔だけが宙に浮かんでいるという独特の姿は、見間違えるはずもない。

「ケースケ様、現れましたね」

 ジャック・オー・ランタンの出現を即座に察知したアイセルが、客室を出てきて御者台にいる俺の隣に座った。
 続いてサクラも出てくると反対側へと腰を下ろす。

「作戦通り、まずは様子見をしてこいつらの好きにさせよう。あの手この手で迷わせてくるはずだ。そして――」

「迷わせたその先にいる特別な何かを突きとめるわけね!」

 サクラがわざと俺の言葉に被せるように結論を言った。
 俺もそれにいちいち目くじらを立てたりはしない。

「それがなにかはわからないけど、そういうことだ」

 俺の見立て通り。
 ジャック・オー・ランタンは次第に数を増やしながら時に進路を妨害し、時に後ろから追い立てるようにして、俺たちを街道から脇道へ、さらには道なき道へと誘導していく。

『ホッチャーン! ホ、ホーッ、ホアアーッ!! ホアーッ!!』

 特にジャック・オー・ランタンの放つこの謎の叫び声に馬が驚いてしまい、声のした反対側へと逃げるように進んでしまうのだ。

「完全に街道を逸れて、丘陵地帯の合間を縫うようにくねくね進まされてるな。微妙な上り下りと木や茂みで異様に見通しが悪いし、なるほど迷わせるには好都合な場所だ」

「今日は雲が厚くて月が出てないせいで、目印がありませんからね。どうしても方向感覚が狂わされますね」

 アイセルが空を見上げて恨めしそうにつぶやく。

「こいつらはそれも計算に入れてるんだろうな」

「まったく私たちが何もしないと思っていい気になって好き放題して……後で覚えてなさいよ! アイセルさんはすごいんだからね!」

「完全に迷わされちゃったけど、はてさて何がいるのやら」

 ジャック・オー・ランタンに導かれるようにしばらく進むと、広いけれど三方が岩壁に囲まれた袋小路のような場所にたどり着いた。

 そして、

『ホッチャーン! ホ、ホーッ、ホアアーッ!! ホアーッ!! ホッチャーン! ホ、ホーッ、ホアアーッ!! ホアーッ!!』

 ジャック・オー・ランタンたちが馬車の周囲を飛び回りながら、独特のおどろおどろしい声でことさらに騒ぎ立ててくる。

「どうやらここが目的地みたいだな。S級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』発動」

 俺は馬車を壁際のすみっこに移動させると、馬車から降り立った。
 いつものようにS級のバフスキルを発動すると淡い光が一瞬またたいて、スキルが全員にいき渡る。

「では行ってまいります」
 魔法剣を抜刀したアイセルが袋小路の中心へと慎重に進んでいく。

 今回は戦わないサクラも、怒りの精霊『フラストレ』の力を解放してバトルアックスを構えると、臨戦態勢をとった。

「舞台は整った。さて鬼が出るか蛇が出るか――」

 相手有利の夜の袋小路での戦いに、俺が緊張を隠せないでいると、

「ケイスケ、言い方がイチイチ古臭いっていうか、おっさんくさい?」

 サクラがザクっとツッコんできた。

「今まで言われた中でトップクラスで地味に辛いなその言葉。言葉のナイフが心にきたよ……」

 おっさんくさいね……はぁ。

「ご、ごめんなさい。そこまで傷つくなんて思ってなかったの、反省してる」