俺たちは隊列を組んで遺跡の中を進んでいく。
先頭は人の気配をたどっているアイセル、最後尾をサクラ。
俺は2人に挟まれるように真ん中にいて、前後どちらから襲われても2人のうちの片方が俺を守れる陣形だ。
バッファーは直接戦闘が苦手な後衛の中でも、特に不意打ちに弱いからね。
守ってもらわないと文字通り死んでしまうので……。
デンキの光に照らされた遺跡は、トリケラホーンがいた遺跡と構造がよく似ていた。
だから何が出てもいいように最大限の警戒をしながら、だけど今のところ特に何事もなく遺跡を進んでいくと、
「いました、この先です。2人組ですね。どうも動けないみたいです」
アイセルが小さな声で伝えてくれる。
「でかしたぞ」
「えへへ」
アイセルが『索敵』スキルで近くに敵がいないことを改めて確認してから、俺たちは遭難者がいる場所に近づいていった。
この時の俺は、それが誰なのかを特には考えていなかった。
無事に見つけられたことに安堵し、早く安全な遺跡外まで脱出しようと、そんな本当にごくごく普通で当たり前のことを考えていた。
だけどそこにいたのは思いもよらないまさかの相手で――。
近寄っていくにつれ次第にその姿が明らかになってくる。
アイセルの言ったとおり男女の2人組だった。
だけどその姿がはっきりとしていくたびに、俺の心臓はドクドクと早鐘を打ちはじめていくのだ――。
なぜなら――なぜなら壁に寄りかかりながらへたり込んでいた2人組は、
「アンジュ……それに勇者アルドリッジ……なんでお前らが……」
かつて一緒に旅をした勇者パーティの仲間にして。
そしてあの日あの夜、俺を裏切った幼馴染で婚約者のアンジュ=ヒメラギと、寝取り勇者アルドリッジ=ローゼンブルグだったからだ――!
「ケースケ……」
真っ青な顔をした勇者アルドリッジを支えるように手を回しながら、アンジュが俺の名を呼んだ――昔とまったく変わらない口調で。
その変わらない響きが。
勇者アルドリッジに向ける労わるような視線と心づかいが。
俺をまたこれ以上なくイラつかせてくる。
「チッ――」
気づいた時には、俺は普段は絶対にすることのない品のない舌打ちをしていた。
そしてそれを皮切りに、いろんな想いが爆発するかのように俺の中で一気に溢れかえっていって。
俺は煮えたぎる激情に支配されながら、2人の姿をじっと見下ろしていた。
「なに? ケイスケの知り合いなの? ほらやっぱり良かったじゃん助けに来て――って、なにボーっと突っ立ってんのよ? 早く助けて脱出しましょ?」
サクラにそう促されても俺は動けなかった。
動くことができなかった。
心がざわついて仕方ない。
いや、ざわつくなんて生やさしいもんじゃない、俺の心は荒れ狂っていた。
おそらく麻痺毒でも喰らったんだろう。
苦しそうな顔をして動けなくなっている勇者アルドリッジを前に、俺の心にはどす黒い劣情がとぐろを巻いていく。
それはもはや、自分ではなにをどうしてもコントロールできる類のものではなくて。
心の中をいっぱいに満たした真っ黒で強烈な負の感情に突き動かされるようにして、俺の口からは、
「ははっ、こんなとこで動けなくなったのか? いいざまだな」
猛り狂った憎しみという感情が爆発しながらとび出していた。
「ケースケ様……」
アイセルが心配そうに声をかけてきたけれど、俺はその視線やらなんやらを完全にシャットアウトする。
「麻痺毒でもくらったのか? 高名な勇者アルドリッジ様ともあろう者がまた派手にドジったな。駆け出し冒険者かよ、ばーか」
へたり込んだ勇者アルドリッジを見下しながら、俺は怒りのおもむくままにここぞとばかりに勇者アルドリッジを罵り非難する。
「お前ら2人だけか? シャーリーたちはどうしたんだ?」
「彼女たちとはここしばらくは……別動向だ……」
「別行動? はっ! どうせお前が偉そうな態度をとって、シャーリーがキレて仲違いでもしたんだろ? 仲間に見捨てられるなんてざまぁないな」
「……」
ああ、なんて気持ちいいんだ。
さんざん俺を見下してきたヤツを、俺をバカにしたヤツを、アンジュを寝取ったクソ野郎を!
絶対的に有利な立場でこうやって見下し返せるなんて、なんて気分がいいんだろう――!
「お願いケースケ、アルドリッジを助けて。臨時パーティを組んでケースケがバフスキルで状態異常耐性を付与してくれたら、少なくとも動けるようにはなるでしょう?」
アンジュの言うことは、まったくもってもっともだ。
俺のS級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』があれば、回復まではできなくても状況は大きく改善する。
だけどそれはないだろ?
ああ、それだけはない。
「助けてだと? 随分と都合のいいことを言うんだな、クソビッチの分際で」
「け、ケースケ様? あの、少し落ち着きませんか? 今はそんなことを言っている場合では――」
「お前は黙ってろアイセル」
有無を言わさぬ俺のキツイ口調に、アイセルが押し黙った。
「助けて……くれないか、ケースケ。君の言うとおり……麻痺毒で、身体が動かないんだ……頼む」
今度は勇者アルドリッジが、麻痺毒で動かない口を懸命に動かして助けを求めてくる。
ははっ、ほんと悪くないシチュエーションじゃないか。
南部諸国連合では知らない者はいない有名人の勇者アルドリッジが。
アンジュを寝取ったクソ野郎が。
今、この俺に必死に助けを求めてきているのだから。
でもな――、
「おいおい、それが人にものを頼む態度かよ? 俺がバッファーだからって――使えない後衛不遇職だからって舐めてんのか? そうだな、まずは土下座して懇願してみろよ? 地面に頭をこれでもかと必死にこすりつけるんだ。そうしたら少しは考えてやらないでもないぞ?」
ああ、実にいい気分だった。
アンジュの目の前で、勇者に惨めに土下座をさせてやる。
今から勇者としてのプライドも男としてのメンツも全部、地面に墜としてやるからな。
「ほら、とっとやれよ?」
3年半の積もりに積もった恨みと憎しみと妬みと嫉みが、俺をこれ以上なく饒舌にさせていた。
先頭は人の気配をたどっているアイセル、最後尾をサクラ。
俺は2人に挟まれるように真ん中にいて、前後どちらから襲われても2人のうちの片方が俺を守れる陣形だ。
バッファーは直接戦闘が苦手な後衛の中でも、特に不意打ちに弱いからね。
守ってもらわないと文字通り死んでしまうので……。
デンキの光に照らされた遺跡は、トリケラホーンがいた遺跡と構造がよく似ていた。
だから何が出てもいいように最大限の警戒をしながら、だけど今のところ特に何事もなく遺跡を進んでいくと、
「いました、この先です。2人組ですね。どうも動けないみたいです」
アイセルが小さな声で伝えてくれる。
「でかしたぞ」
「えへへ」
アイセルが『索敵』スキルで近くに敵がいないことを改めて確認してから、俺たちは遭難者がいる場所に近づいていった。
この時の俺は、それが誰なのかを特には考えていなかった。
無事に見つけられたことに安堵し、早く安全な遺跡外まで脱出しようと、そんな本当にごくごく普通で当たり前のことを考えていた。
だけどそこにいたのは思いもよらないまさかの相手で――。
近寄っていくにつれ次第にその姿が明らかになってくる。
アイセルの言ったとおり男女の2人組だった。
だけどその姿がはっきりとしていくたびに、俺の心臓はドクドクと早鐘を打ちはじめていくのだ――。
なぜなら――なぜなら壁に寄りかかりながらへたり込んでいた2人組は、
「アンジュ……それに勇者アルドリッジ……なんでお前らが……」
かつて一緒に旅をした勇者パーティの仲間にして。
そしてあの日あの夜、俺を裏切った幼馴染で婚約者のアンジュ=ヒメラギと、寝取り勇者アルドリッジ=ローゼンブルグだったからだ――!
「ケースケ……」
真っ青な顔をした勇者アルドリッジを支えるように手を回しながら、アンジュが俺の名を呼んだ――昔とまったく変わらない口調で。
その変わらない響きが。
勇者アルドリッジに向ける労わるような視線と心づかいが。
俺をまたこれ以上なくイラつかせてくる。
「チッ――」
気づいた時には、俺は普段は絶対にすることのない品のない舌打ちをしていた。
そしてそれを皮切りに、いろんな想いが爆発するかのように俺の中で一気に溢れかえっていって。
俺は煮えたぎる激情に支配されながら、2人の姿をじっと見下ろしていた。
「なに? ケイスケの知り合いなの? ほらやっぱり良かったじゃん助けに来て――って、なにボーっと突っ立ってんのよ? 早く助けて脱出しましょ?」
サクラにそう促されても俺は動けなかった。
動くことができなかった。
心がざわついて仕方ない。
いや、ざわつくなんて生やさしいもんじゃない、俺の心は荒れ狂っていた。
おそらく麻痺毒でも喰らったんだろう。
苦しそうな顔をして動けなくなっている勇者アルドリッジを前に、俺の心にはどす黒い劣情がとぐろを巻いていく。
それはもはや、自分ではなにをどうしてもコントロールできる類のものではなくて。
心の中をいっぱいに満たした真っ黒で強烈な負の感情に突き動かされるようにして、俺の口からは、
「ははっ、こんなとこで動けなくなったのか? いいざまだな」
猛り狂った憎しみという感情が爆発しながらとび出していた。
「ケースケ様……」
アイセルが心配そうに声をかけてきたけれど、俺はその視線やらなんやらを完全にシャットアウトする。
「麻痺毒でもくらったのか? 高名な勇者アルドリッジ様ともあろう者がまた派手にドジったな。駆け出し冒険者かよ、ばーか」
へたり込んだ勇者アルドリッジを見下しながら、俺は怒りのおもむくままにここぞとばかりに勇者アルドリッジを罵り非難する。
「お前ら2人だけか? シャーリーたちはどうしたんだ?」
「彼女たちとはここしばらくは……別動向だ……」
「別行動? はっ! どうせお前が偉そうな態度をとって、シャーリーがキレて仲違いでもしたんだろ? 仲間に見捨てられるなんてざまぁないな」
「……」
ああ、なんて気持ちいいんだ。
さんざん俺を見下してきたヤツを、俺をバカにしたヤツを、アンジュを寝取ったクソ野郎を!
絶対的に有利な立場でこうやって見下し返せるなんて、なんて気分がいいんだろう――!
「お願いケースケ、アルドリッジを助けて。臨時パーティを組んでケースケがバフスキルで状態異常耐性を付与してくれたら、少なくとも動けるようにはなるでしょう?」
アンジュの言うことは、まったくもってもっともだ。
俺のS級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』があれば、回復まではできなくても状況は大きく改善する。
だけどそれはないだろ?
ああ、それだけはない。
「助けてだと? 随分と都合のいいことを言うんだな、クソビッチの分際で」
「け、ケースケ様? あの、少し落ち着きませんか? 今はそんなことを言っている場合では――」
「お前は黙ってろアイセル」
有無を言わさぬ俺のキツイ口調に、アイセルが押し黙った。
「助けて……くれないか、ケースケ。君の言うとおり……麻痺毒で、身体が動かないんだ……頼む」
今度は勇者アルドリッジが、麻痺毒で動かない口を懸命に動かして助けを求めてくる。
ははっ、ほんと悪くないシチュエーションじゃないか。
南部諸国連合では知らない者はいない有名人の勇者アルドリッジが。
アンジュを寝取ったクソ野郎が。
今、この俺に必死に助けを求めてきているのだから。
でもな――、
「おいおい、それが人にものを頼む態度かよ? 俺がバッファーだからって――使えない後衛不遇職だからって舐めてんのか? そうだな、まずは土下座して懇願してみろよ? 地面に頭をこれでもかと必死にこすりつけるんだ。そうしたら少しは考えてやらないでもないぞ?」
ああ、実にいい気分だった。
アンジュの目の前で、勇者に惨めに土下座をさせてやる。
今から勇者としてのプライドも男としてのメンツも全部、地面に墜としてやるからな。
「ほら、とっとやれよ?」
3年半の積もりに積もった恨みと憎しみと妬みと嫉みが、俺をこれ以上なく饒舌にさせていた。