「サクラちゃんは、なんで俺たちを尾行してたのかな?」

 俺は少し屈んで視線を合わせると、年長者らしい優しい口調でにっこり笑顔で尋ねた。

「ちょっとアンタ、私はもう一人前のレディなんだから子供をあやすような態度は辞めてくれないかしら? 失礼よ!」

「……サクラはなんで俺たちを尾行してたんだ」

 俺は若干イラっとしながらも、子供の言うことだからと心の中で自分に言い聞かせて、舌打ちとのど元まで出かかった文句を飲みこんだ。

「さすがケースケ様、大人の対応ですね、素敵です」

 アイセルが俺にだけ聞こえるように小声でそっと言ってくれたので、少しだけ気分が晴れやかになる。

「アンタたちが本当に信用の置ける相手かどうか、この目で実際に見定めてたの」

「へいへいそりゃどうも。俺たちにクエストの依頼でもしたいのか?」

「ま、まあそんなとこかしら?」

 俺の問いかけにサクラはなぜか目を泳がした。

「サクラさん、依頼でしたら原則、冒険者ギルドを通していただくことになってるんですよ」

「ちゃんとギルドを通しておかないと、依頼者と揉め事になった時に俺たち自身が矢面に立たされる羽目になるからな」

 なんだかんだで冒険者ギルドの影響力は強い。
 もしものトラブル発生を考えれば、冒険者ギルドを通さない理由はなかった。

「もちろん知ってるわよ。でもクエストの依頼ってわけじゃあないのよね」

「クエスト依頼じゃなければなんなんだ?」

「うーん、本当はもっと入念に調べてからにするつもりだったんだけど、これはこれでいい機会よね」

「だから何の話だよ?」

「アンタたちにお願いというのは他でもないの。私をパーティ『アルケイン』に入れて欲しいの!」

 そう言ってサクラはガバッと頭を下げた。
 腰からしっかりと曲げる、気持ちのこもった礼だった。

「だが断る」
 そして俺は速攻で却下した。

「なんでよぉっ!? って言うかちょっとは考えなさいよね!? 今ノータイムで即答したでしょ!?」

 俺が即答したのがよほど不満だったのか、サクラが顔を上げてガーッ!とまくし立ててくる。

「パーティ『アルケイン』は俺とアイセルの信頼の絆で結ばれたパーティだ。いきなり降って湧いたようなヤツは要らん」

「わわっ、ケースケ様にすごいこと言われちゃいました! えへへへへ……」

 俺の言葉にアイセルが嬉しそうに笑う。

「ああそういうこと?」

「そういうこと?」

「安心して、別にアンタたちの愛の巣に割って入ろうなんて思ってないから」

「『アルケイン』はどこに出しても恥ずかしくない真っ当な冒険者パーティだよ、なに人聞きの悪いこと言ってやがる」

 思わず呆れたように言ってしまった俺に、アイセルもすかさず援護射撃をしてくれる。

「そうですよ! 愛の巣だなんてそんなハレンチな関係じゃありませんから!」

「あれ、そうなの?」

「そうですとも! ケースケ様とわたしは毎日キスをして、毎晩一緒のベッドで抱き合って気持ちよくなって寝るだけの普通の関係ですから!」

「あ、アイセル!?」

「やっぱりね、アンタたちからはそういう淫らなオスとメスの匂いがプンプンしてたのよね」

「やっぱりじゃねーよ、んなもん欠片もしてねーわ。適当なこと言ってんじゃねぇ!?」

「そうですよ、わたしたちはいたって健全な関係なんです。だいたいわたしは身も心も全てケースケ様に捧げると誓ってるんですからね、変な誤解はよしてください」

「アイセルはちょっと黙っていような」

「えっ!? わたしまた何かやってしまいましたか!?」

「いや分かってないならいいんだ……」

「すみません……」
 アイセルがショボンと肩を落とした。

「はいはい分かったから。そういうことにしておいてあげるわ、話が進まないからね」

「なんでお前がナチュラルに上から目線で仕切ってんだよ……」

「それに大丈夫よ。私の目的はアンタたちにパワーレベリングしてもらうことなの。だから終わったら後腐れなくサクッとパーティを抜けてあげるから」

「ケースケ様、パワーレベリングってなんですか?」
 アイセルがよくわからないって顔で俺を見た。

「パワーレベリングってのは強いパーティに居候して、レベルを上げてもらうことだ」

「あ、そんなのがあるんですね」

 ふむふむと頷くアイセル。

 直接冒険と関係ないことでも、しっかりと知識として蓄えようとするアイセル。
 その姿勢に満足しつつ俺はサクラに向き直ると、年長者らしく少し教え諭すように語って聞かせる。

「あのなぁサクラ、ただレベルを上げても意味はないんだよ。冒険の過程で苦労したり、時には失敗したりして色んな経験を重ねることで、何をどうすればいいのか適切な判断力を養っていくのは、とても大切なことなんだ」

「失敗なくして成功なしえず、というやつですね、さすがケースケ様、含蓄のある言葉です!」

 俺の言葉に、サクラではなくアイセルがまたもやいたく感心してくれる。
 アイセルはほんと素直ないい子だね。

 っていうかアイセルは今さらそんなこと言われなくたって、十分すぎるほど貪欲に経験を積んで学び取ってるだろ?

「それに自分のレベル上げに利用するだけ利用して後はさようならとか、タチが悪いにも程があるだろ。ほらシッシ、帰った帰った。俺たちも暇じゃないんだよ」

 冒険者ギルドに帰って、クエスト終了を報告しないといけないからな。