「そんな、わたしなんてまだまだです。それにほら、わたしはどうしようもないあがり症がありますし。ケースケ様のバフスキルがないと、またあがってしまってへっぽこに戻っちゃいます」

 俺と出会う前の駆け出し時代の失敗を思い出したのか、アイセルが少し自虐的に笑った。

「……そうだな、これももう言っておかないとだよな」

「なんでしょうか?」

 アイセルが可愛らしくこてんと小首をかしげる。

「あがり症のことなら、もうかなり前から精神安定の効果は使ってないんだ」

「……え?」

 俺の言葉にアイセルが今日一番ってくらいに驚いた顔を見せた。
 古代文明のデンキの不思議な光を見た時も、ここまで驚いてはいなかったかな。

「アイセルはこれだけの経験を積んできたんだぞ? あがり症なんてとっくに治ってたんだよ」

「えっと、それってほんとなんですか……?」

「もちろんだとも。俺はパーティのメンバーにだけは――アイセルにだけは絶対に嘘は言わないから」

「じゃあじゃあ、本当にわたしのあがり症が治ってるんですか!?」

「ほんとだよ。俺のS級バフスキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』ってさ、基本的になにもかも全てを総合的にバフするんだけど」

「はい。全ステータスが大きく上がるのは本当にすごいですよね」

「実は重点を当てるところを特に強化したり、必要ない部分をカットしたり、そういった調整もできるんだ」

「バフの割り振りまでできるなんて、さすがはレベル120のS級スキルです……!」

「それでな? 俺はアイセルの成長に合わせて、精神安定の割り振りを少しずつ減らしてきたんだ」

「そうだったんですか!? すみません、全然気が付きませんでした……」

「そりゃアイセルが気が付かないように、ほんのちょっとずつ調整してきたからな」

 なにせバッファーというのは、たった1つのバフスキルをひたすら使い続ける職業だ。
 そして俺のレベルは、超一流冒険者の指標であるレベル100をも上回るレベル120。

 手垢がつくまで使い込んだバフスキルの微調整なんざ、それこそ息を吸うのと変わらないわけで。

「やっぱりケースケ様はすごいですね」
 アイセルが目をキラキラとさせながら言ってくる。

 そこに込められた感情は「憧れ」だった。

 まったくお前ってやつは。
 俺がアイセルに憧れこそすれ、アイセルが俺に憧れる必要なんてもうこれっぽっちもないんだぞ?

「さっきもそうだ。アイセルはもうA級魔獣を相手にしてもすっかり落ち着いてたし、精神安定効果なんて使う必要はなかったよ」

「わたし、ほんとに成長してたんですね……」

「おうともよ。アイセルはもうすっかりどこに出しても恥ずかしくない一人前の冒険者だ。アイセルが立派に育って俺も嬉しいぞ」

「ケースケ様……」

 視線の先に次第に太陽の光が見え始めた。
 そろそろ遺跡の出口だ。

 だから「このこと」を伝えるには、今がちょうどいいタイミングだろう。

 俺は沸き起こる様々な感情を押し殺すと、アイセルが聞き逃すことなんてないようにはっきりと聞こえるように言った。

「アイセル、ここらへんでパーティ『アルケイン』は解散しようか」