「ほんとスゴいよ。他のパーティが退路を確保してくれるから帰りのことは考えないでいいとはいえ、正直このクエストはまだ早いかなって思ったんだよな」

「すみません、わたしが強引にやるって言っちゃって」

「最終的には俺もやれないことはないって判断したわけだしな、謝る必要はないよ。実際アイセルはクエストを完了してみせた。動きとかいつにも増してすごかったぞ」

「自分から言い出した以上は最高のパフォーマンスを見せないと申し訳が立たないと思って、とても気合を入れましたので」

 アイセルがグッと両の拳を握って「頑張りました!」のポーズをする。

「それもこれも全部含めてどうやら俺の杞憂だったみたいだ。アイセルのことを少し見くびってたみたいで、ごめんな」

「そんなまさかです、ケースケ様の力あってのことですから」

「なに言ってんだ、完全にアイセルの実力だよ。俺はちょっとだけ後押ししただけで、基本的に関与する余地なんてなかったぞ」

「そんなことはありません、最初に強力なバフをしてもらってますし、毎晩ケースケ様に抱いてもらって幸せな気分にしてもらってますから。気力満タンで臨むことができましたもん!」

 ふんす!って感じでまたまた両の拳を握って力説するアイセルだけど、

「今は2人しかいないからいいけど、そのやたらと誤解を招く――どころか明らかに誤解させに言ってるような言い方は、人がいる時には止めような?」

「でもほんとのことですよ?」

「微妙に、微っ妙~にニュアンスがな? 違うだろ?」

 アイセルの言いかただと、まるで男女の営みをしているみたいに聞こえるけど、そういう関係では決してないからな。
 俺のトラウマはまだ治ってないわけで。

「ですが最近はベッドの中で優しくキスだってしてくれますよね?」

「うぐ……それはその、アイセルがいつもキスしてほしそうな顔をするから……」

 ベッドの中で身体を寄せ合いながら、アイセルに上目遣いで切なげに目を閉じられたらさ?
 なんかこうキスしてあげなきゃって気にもなっちゃうよね?

「もしかしてケースケ様は、わたしとキスしたくなかったんですか……?」

 アイセルが上目づかいで尋ねてくる。

 うん、この目な。
 俺はこの目に弱いんだよ。

 さっきまでの一人前の冒険者の顔とは打って変わって、アイセルの顔は乙女の不安で彩られていた。

「そんなことはないさ。断じてないけど――」

「なら問題ないですよね♪」

「まぁ、そうとも言えるのかな……?」

「はい、そうとも言えるんです♪」

「気のせいかな……なんだか最近、アイセルにガンガンと既成事実を積み重ねられていってる気がするんだけど」

「もちろん積み上げていってますから」

「だよな、前に言ってたもんな」

「日々、絶賛積み重ね中です♪」

 基本的に控えめな性格なのに、こと俺のことになると超積極的なアイセルだった。

 そしてアイセルに好き好きアタックされるのも悪くないかなーとか、そんな風に思い始めていることに、俺は今さらながらに気づかされていたのだった。

 アンジュの裏切りで心に負った深い傷は、まだ治りきってはいないけれど。

 それでも俺はほんのわずか少しだけ、少しずつではあるけど前に進み始みはじめた気がしていた。

 もちろんそれは俺にとっては文句なしに「良いこと」だったんだけど――。

 だけどきっとこの感情は、アイセルの将来にとっては「良いこと」にはならないから。
 アイセルのためにはならないから。

 だから俺はちゃんと伝えないといけなかった。

 俺はアイセルと話しながら、来た道を地上へと戻り始める。

「さっきの話に戻るんだけどさ。もし俺のバフがなかったとしても、アイセルなら1人でトリケラホーンを倒せたと思うぞ?」

「うーんと、それはどうでしょうか……?」

「そりゃもう少し際どい戦いになっただろうけど、どこまでいっても結局バッファーのバフスキルは、直接戦闘には関係がない支援スキルだからな」

 戦うのは常にパーティの仲間で、俺は後ろで見ているだけなのだから。

「でも結局は仮定の話ですよね」

 アイセルはなんの裏も感じさせない笑顔で、やっぱりそんな風に言ってくれたんだけど、

「いや自信を持っていいよ、アイセルはもうすっかり一人前の冒険者だ。そして今のアイセルには、バッファーとしての俺の力はもう必要ない」

 俺はそのことをはっきりとアイセルに伝えてあげた。

 そう言えば。
 アンジュや勇者が俺のバフスキルをあまり必要としなくなったのも、Aランク魔獣を倒せるようになったころだったっけか。

 俺はふと昔のことを思いだしていた。

 「あの日」の出来事もついでに思いだされて、胸がズキンと痛んだけれど。
 だけどその痛みは、今までと比べてちょっとだけ小さくなっていた気がした。

 アイセルと過ごした日々のおかげで、俺は本当に少しだけだけど前を向くことができるようになってたんだ――。