「ふへぇ……屋内なのに外にいるみたいに明るいんですね」

 古代遺跡の中の通路を歩きながら、アイセルがキョロキョロと周囲を見渡して不思議そうにつぶやいた。

「古代文明の特殊な明かりが灯されているみたいだな。確かデンキとか言うんだったかな? 悪い、よく覚えてない」

「デンキですか……やっぱり古代文明はすごいんですねぇ……驚きです」

 そんなことを話しながら俺たちは注意深く遺跡の中を進んでいく。
 暗くないのは『暗視』スキルを持たない俺にとっては、地味にありがたかった。

 遺跡の中はいたって静かで、アイセルが特に敵を察知することもなく、

「次がトリケラホーンが出たって言う地下5階ですね」

 俺たちは順調に目的の階層である地下5階まで下りてきていた。

 しかしそこで状況が一変する。
 階段を下りてすぐのところが、広くて天井も高いスペースになっていて、

「……ケースケ様、ご注意を」

 なにかの存在を感知したアイセルが、俺を守るような位置取りで足を止めたのだ。

 だだっ広い広間の奥には通路があって、

「いました、奥の通路にトリケラホーンを発見です!」

 すぐにアイセルの卓越した索敵能力がトリケラホーンを発見した。

 そしてやや遅れてトリケラホーンも俺たちの存在を認識したのか。

 高さ5メートル、角の先から尻尾の先まで10メートルほどの巨大な魔獣トリケラホーンが、通路の奥からこっちに向かってのっそりと姿を現したのだ――!

「『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』発動!」

 俺はただちにS級バフスキルを発動した。
 アイセルの身体がバフの淡い光に一瞬だけ包まれる。

「ありがとうございますケースケ様。では、いきます!」

 言葉と共にアイセルは飛び出しながら魔法剣を抜刀、トリケラホーンとの戦いを開始した。

 既に俺が知っているトリケラホーンの情報は全てアイセルに伝えてある。
 だから俺にできることはいつも通りただ1つ、

「頼んだぞアイセル。アイセルならきっと勝てる──!」

 後ろで隠れてアイセルを応援することだった。

 トリケラホーンの最大の特徴である3本の大きなツノによる攻撃を、アイセルは巧みにかわしながら反撃していく。

「はぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」

 猛烈な突進をひらりとかわしながら繰り出されたアイセルの渾身のカウンターは、しかし、

 ギャイン!

 トリケラホーンの硬い皮膚に弾かれて、魔法剣が鈍い音をあげた。

「くぅっ、ケースケ様から聞いていた通りすごく硬いです!」

 金属鎧のように硬い大型魔獣の圧倒的防御力の前では、いかにアイセル愛用の魔法剣であっても簡単には傷つけられないのだ。

 逆にトリケラホーンのツノは、アイセルの防御をやすやすと貫通する威力を持っている。

「さすが単体Aランク、ものすごい威力だな。あれじゃかすっただけでも危ないぞ。アイセル、頼むから当たってくれるなよ……!」

 俺がハラハラしてつい、祈るように独り言を言っちゃったのも仕方のないことだろう。

 だけどそんな当たれば致命傷にもなりうるツノによる突進や薙ぎ払いを、アイセルはしっかりと見切ってかわしながら、何度も何度もしつこく攻撃を入れていく。

「大丈夫、ちゃんと見えてます! 当たらなければどうということはありません!」

 アイセルが視線はトリケラホーンにしっかりと向けながら、俺を安心させるかのように伝えてきた。

 しまった、さっきの独り言が聞こえちゃったのかもしれないな。
 戦闘中なのに余計な気を使わせてしまった。

 余計なことを言って前衛の意識を散漫にさせるなんて、これじゃあ後衛失格だ。

 俺はよし、と覚悟を決めると、いつも通りアイセルに全て任せて静かに応援に徹することにした。

 俺が静かに見守る中、アイセルとトリケラホーンの戦いが続いていく。
 しかし次第に形勢はアイセル有利に傾いていった。

 特に、何もない空中で地上のように数回ステップできるスキル『空中ステップ』による三次元戦闘機動は、トリケラホーンを完全に翻弄していた。

「ツノの破壊力はさすがAランクの魔獣ですね。ですがそんな直線的な攻撃だけでは、ケースケ様のバフを受けたわたしは捕まえられませんよ!」

 アイセルはトリケラホーンの猛烈な突進を軽快にかわすと、その度に強烈なカウンターを一撃、二撃、三撃と連続で叩き込んでいく。

 超硬度の皮膚の上からとはいえ攻撃を受けたら痛いことは痛いのか。
 痛みに怒ったトリケラホーンが暴れるように強引にツノを振りまわした。

 子供が癇癪をおこして手を振りまわすみたいに、無軌道で予測不能な動きの連続。

 だけどアイセルはそれすらも予測済みとでも言わんばかりに、まるで舞い踊っているかのように流麗にかわしては鋭く斬りこみ、またかわしては斬りを繰り返していく。

「はぁっ! やぁっ! とぅ! せいやっ!!」

 物語に出てくる強く美しい戦乙女(ヴァルキリー)のようなその姿は、勇者パーティで勇者やアンジュの戦いぶりをずっと見ていた俺から見ても、文句なしの堂に入った戦いっぷりだった。

 それを見た――見せつけられた俺は、

「そっか……アイセルはもうすっかり一人前の冒険者になってたんだな……」

 俺はアイセルを一人前に育てたのだという、感慨のような大きな大きな満足感と。

 同時に俺では逆立ちしたって届かない圧倒的才能への羨望と、アイセルが俺の手を離れつつあることへの寂寥(せきりょう)感のようなものを覚えていた。

 でもそりゃあそうか。

 だってパーティ『アルケイン』は2人だけの最小のパーティなのに、片割れの俺はバッファーで実質戦力外で。

 だからアイセルは常に1人で戦い続けてきたのだ。

 なにもかも初めての中で、様々なことを高いモチベーションで学びとり、俺が要求する全てをアイセルはクリアしてきたのだから。

 不遇後衛職ではまず経験することのできない濃密な体験の数々が、アイセルをごくごく短期間で大きく、深く、強く、たくましく育てたのだ。

 単純な戦闘力だけでなく、賢く聡明で、粘り強く諦めない。
 そんなどこに出しても恥ずかしくない一人前の冒険者に、アイセルはもうなっていたんだ――。