S級【バッファー】(←不遇職)の俺、結婚を誓い合った【幼馴染】を【勇者】に寝取られた上パーティ追放されてヒキコモリに→金が尽きたので駆け出しの美少女エルフ魔法戦士(←優遇職)を育成して養ってもらいます

 話し合いを終えた俺とアイセルは「オトリ作戦」を決行した。

 俺が単独で先行し、『光学迷彩』で姿を消したアイセルが少し離れてついてくるという布陣だ。

 歩き始めてそう間を置かずに、

「ケースケ様、来ます! 前からです!」

 サルコスクスの襲撃を直前に察知したアイセルの声が飛んできて――!

 その言葉の直後。

 すぐ目の前の水路の水が一気に盛り上がったかと思うと、さっきと同じようにサルコスクスの巨大な(あぎと)が俺をめがけて迫ってきた――!

 前方から襲い来る獰猛な噛みつきに対して俺は、

「おりゃぁぁっっ!!」

 瞬時の判断で、一目散に通路を『前』へ向かって走りだした。

 事前の打ち合わせでは俺が後ろに逃げて、アイセルが入れ替わるように前に出る手はずだった。
 だけど今後ろに逃げたら、勢いそのままで追撃されてしまうと俺の直感が告げていたのだ。

 ここは前に逃げることでギリギリ横をすり抜けてかわすんだ!

 バッファーとして敵から逃げることにだけはそこそこ自信がある俺の経験上、この状況では後ろよりも前の方が安全なはずだ――!

「ケースケ様っ!?」

 アイセルの悲鳴が上がる中、すり抜けられずに死ぬかもしれないという恐怖を強引に押し殺し。

 顔のすぐ横を通るサルコスクスの巨大な(アギト)の風圧を、ビリビリと頬で感じながら――。

 それでも俺はギリギリもギリギリ、紙一重のところでサルコスクスの横を全力疾走で通り抜けることに成功した!

 その直後、

 ガツン!

 俺のすぐ後ろで、空ぶったサルコスクスの口が凶悪な音をたてて閉じられた。

 最大5トンもの圧力をほこるサルコスクスの必殺の噛みつき攻撃は、当たったらもちろん即死だ。

 だけど――!

「どんな強い攻撃も当たらなければどうということはない! どうだ見たか爬虫類! これが逃げ回るのが得意なバッファーの逃げ足の速さってなもんだ!」

 そして命がけのオトリをやり遂げドヤ顔でふり向いた俺の目の前では、既にアイセルがサルコスクスの閉じた口の上に飛び乗っていて――!

「ケースケ様をこんな危険な目にあわせるなんて、わたしは絶対に許せません。あなたを、そしてそうさせた未熟なわたし自身をです――!」

 その言葉と共に、アイセルの身体が猛烈な力を貯め込み始める。

「スキル発動! 『会心のぉぉぉぉぉ――!」

 サルコスクスは必死に口を開こうとするものの、小柄なアイセルに上に乗られただけで、わずかも動かすことができずに封じ込められていた。

 ワニの仲間は噛む力こそ世界最強クラスですごいものの、逆に口を開く力は大人の平均握力よりも小さいのだ。

 そしてそれは最大のワニ種であるサルコスクスも例外ではなかった。

 さっきの作戦会議で俺が伝えていたそのにわかには信じられない弱点を、しかしアイセルは全く疑うことなく信じて、そして見事に突いてみせたのだ――!

「――ぉぉぉぉ 一撃っっ』!」

 裂帛の気合と共に、アイセルの魔法剣が会心の一撃となってサルコスクスの左目に突き立てられた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――っ!!」

 さらに魔法剣は眼球を貫通してサルコスクスの内部に侵入すると、一気に脳まで到達する!

「せいやぁっっ!!」

 最後に、アイセルは突き刺した魔法剣をグイッと180度内部をえぐるように容赦なく回転させた。

「URYYYYYYYY――――ッッッ!」

 内部から脳を破壊されたサルコスクスは断末魔の悲鳴をあげて、その巨体をビクンビクンと大きく2度3度と痙攣(けいれん)させると――、次の瞬間にはがくんと糸が切れたように崩れ落ちたのだった。

 口の上に飛び乗っていたアイセルは、サルコスクスが崩れ落ちる途中で魔法剣を引き抜くと、華麗に後方宙返りをして俺のすぐ隣へとなんなく着地を決める。

「ふぅ、終わったな」

 それを見た俺は、普段はめったに感じることのない戦場の最前線特有の緊張感から解放されて、大きく安堵の息をはいた。

「……」

 だけどなぜかアイセルが無言のまま俺の顔を睨んでくるのだ。

「えっと、アイセル……?」

 地上へと続く出口に向かいながら俺はアイセルに問いかける。

「ぷいっ」
 でもアイセルは口をきいてくれなくて。

「えっと……」
「ふーんです」

 そのまま固い空気の中を歩くこと15分ほどで、俺たちは再び明るい地上へと戻ったのだった。
 地上に出て完全に安全を確保してから、

「どうしたんだよアイセル、そんな怒ってるみたいな怖い顔をしてさ?」

 仏頂面のアイセルに俺が首をかしげながら尋ねると、

「そうです、わたしは怒ってるんです」

 アイセルはそんなことを言ってくるんだよ。

「怒ってるってなんでだよ? サルコスクスを無事に討伐できたっていうのにさ?」

 むしろここはハイタッチして喜ぶような場面じゃないか?

「だって当初の作戦ではケースケ様は、サルコスクスが前から来たら後ろに逃げる手はずでした」

「ああそのことか。位置取り的に前に行った方が逃げられる可能性が高いって、瞬間的に判断したんだよ。なにせ逃げるのはバッファーの得意分野だからな。実際にギリギリでかわせただろ?」

 俺は予定とは違っていたことをそんな風に軽く説明をした。

「確かに結果はオーライでした」

「臨機応変っていうのかな。戦闘じゃ良くある話だろ?」

 どれだけ綿密に作戦を立案しても、魔獣の個性やちょっとした何かのタイミングのズレ、その場の状況などによって予定通りに進まないのが戦闘というものなのだから。

「わたしたちはそうです、戦うためのスキルをたくさん持ってますから。ですがケースケ様は後衛専門のバッファーで、ろくに補助スキルすら持っていません」

「うぐっ、また俺のトラウマをえぐるようなことを……この話はやめよう、な?」

 アンジュが勇者に寝取られたことを思い出した俺は動悸が高まってしまい、思わず胸を抑えたんだけど、

「いいえ今だけは言わせてもらいます」

「ええっ……!?」

 アイセルはよほど腹に据えかねているのか、断固とした口調で俺のお願いを突っぱねてくるんだよ。

 いつものアイセルなら「す、すみませんケースケ様!」って言って流してくれるのに。

「冒険者とは言いますが、ケースケ様の身体スペックはちょっと動ける一般人なんです。だから無理はして欲しくないんです。無理ならわたしがします。わたしがケースケ様の剣となり盾となり、槍となり鎧となって戦います」

「アイセル……」

「さっきわたしは、ケースケ様が死んじゃうんじゃないかって心の底から心配したんです。本当心配したんですからね……?」

 切ない声色でド直球にアイセルの思いを伝えられて。

「うん……心配かけて悪かった、ごめんな。すごく反省してる」

 俺は素直にごめんなさいをした。

「もう2度とああいう無茶なことはしないでくださいよ?」

 そう優しく言ってくるアイセルの目には、いつの間にか涙が溜まっていて。
 そしてすぐにそれは涙腺を決壊して、大粒の涙が頬を次々と伝って流れていった。

「いやあのアイセル、そんな泣かなくても……俺は無事だったんだしな?」

「すみません……さっきの瞬間ケースケ様が死んじゃうかもって思った時の気持ちを思い出しちゃって……わたし、ケースケ様が死んじゃったらどうしたらいいか……こんなによくしてもらったのに……うっ、ぐす……」

「ああぁぁ、アイセルごめんな、本当にごめんな。心配かけるつもりはまったくなかったんだ。でも勝手な判断で心配かけさせちゃってごめん。そこは本当に悪かった、ごめんなさい、すごく反省してる」

「うっ……ぐす……」

「な? だからもう泣かないでくれないかな?」
 そうい言いながら俺はアイセルをそっと抱き寄せた。

「ケースケ様は、困ったらすぐこうやって抱きしめて誤魔化すんです……」

「うぐっ……!? いやあの、そういうわけでは……あるかもしれない……」

 今日のアイセルは物のついでというか、せっかくだから言いたいこと全部言っちゃうって感じで容赦がないな……。

 でも心当たりが無いとは言えなくて、「そんなことはない」とは強く言えない俺でした、はい。

「すん……ぐす……」

 心配して泣きながら、同時に怒ってむくれる器用なアイセルを見ていると、なんだか胸の奥に忘れて久しいキュンという感覚がほんのわずかだけど込み上げてきて――、

「アイセル、顔を上げて」
「はい? ――ん……」

 俺は心がおもむくままにアイセルの唇にそっと自分の唇を合わせていた。

 それは軽く唇を押し当てるだけの子供だましみたいなキスだった。

「えっと……あの……」
 だけど唇が離れた時、アイセルはそれはもう驚いた顔をしていた。

「わ、悪い……無性にアイセルが可愛く思えて、こみ上げてくる感情のままについキスしちゃって――」

 俺は慌てて言い訳をしたんだけど、

「ってことは、ケースケ様がわたしに興奮してくれたってことですか!?」
 アイセルがはそれにやたらとグワッと食いついてきた。

「いやあの興奮まではいってないんだけど。でも好意的なものは確かにあって、それが胸の奥でキュンとなったというか。でも実際のところを正直に言うと、つい勢いあまったというか――」

 そのあまりの勢いの前にたじたじになりながら言い訳をする俺。

「えへへ……今はそれで充分です」

「そ、そう? ならいいんだけど――」

「じゃあ、えいっ、ちゅ――」

 そして今度はアイセルが俺にお返しとばかりにキスをしてきて。

「ん――」

「ちゅ、ちゅっ、ちゅ――」

 唇を合わせるだけのキスを、俺とアイセルは何度も何度も繰り返した。

 アイセルは俺がやった以上のことを決してしてこない。

 一線を越えないことで、俺のトラウマを刺激しないでおこうっていうアイセルの優しい気づかいが感じられて。
 そっと触れあう唇からアイセルの思いをこれでもかと伝えられて。

 俺は自分の心の中で、いつの間にかアイセルの存在がすっかり大きくなってしまっていることに今更ながらに気が付いたのだった。

 そうか。
 俺はアイセルに少なくない好意を抱くようになっていたのか。

 そうだったのか――。


 その後、どちらからともなく離れた俺たちは、何とも言えないこそばゆくてむずがゆい空気感をまといながら依頼主のヴァリエール様の元に帰ると、無事に愛猫を引き渡したのだった。

 ついでに一連のあらましを簡単に伝えると、

「まさかそんな大変なことになっておりましたとは……ではこれは心ばかりですがどうぞお納めください」

 そう言われて追加の特別報酬をポンと100万ゴールドずつもらってしまった。
 そして俺にはもうひとつ追加報酬が用意されていて――、

「ケースケ=ホンダム様、これをどうぞ」

 そう言って差し出された箱の中には、

「これって――『星の聖衣』!? なんでこれがここに……」

 だって。
 だってこれは、俺が勇者パーティ時代につかっていたSランクの防具じゃないか。

「『星の聖衣』ですか? あ、でもこれってたしか昔ケースケ様が装備してたような……」

「ああ、『星の聖衣』は俺の昔の装備だよ。金属繊維って言われる古代文明の秘術で作られた特別な糸で編まれてるんだ」

「金属繊維……? 糸なのに金属なんですか?」

「すごいだろ? 普段は普通の布と変わりない柔らかな素材だけど、強い衝撃を受けると瞬間硬化して、一時的に鋼の鎧のように硬くなって使用者を守ってくれるんだ」

「さすが失われた古代文明です!」
 アイセルが鼻息も荒く言った。

 前から思ってたけどアイセルって実は古代のあれこれに興味あるっぽいよな。

 もしチャンスがあれば古代研究の専門家に会いに行ったり、古い遺跡を見に行ったり、クエストでも調査とか探査系を受けてみるのもいいかもな。

 パーティのメンバーのモチベーションを維持するのも、リーダーの大事な役目の1つだし。

 それはそれとして、

「なんでここに『星の聖衣』が……」

「質流れになっていたのを偶然見かけましてね。良かれと思って買い戻しておいたのです。折を見てお渡しするつもりでしたが、今がちょうどその時かと思いまして。どうぞこちらもお納めください」

「いやでも……これは優に2千万ゴールドを超えるだろ?」
 下取りで俺がもらった金額的に最低でもそれくらいはするはずだ。

「冒険者ギルドの皆様には普段から、護衛やらなにやらでお世話になっておりますからな。それに街の下に巣くう大型魔獣を討伐したとあれば、この街に住む人間として報いようと思うのは、これは当然の気持ちではありますまいか?」

 結局俺はそのまま押し切られてしまって。

「うーん……気持ちはありがたいんだけど、武器防具屋の主人に続いて、これで世話になった有力者は2人目か……。冒険者ギルドのギルドマスターも最近は色々と便宜を図ってくれてるし、なんかどんどん人間関係が固められていってる気がするな……」

「あはは……ですね。支援してくれる皆さんの期待に応えるよう、より一層がんばらないといけませんね」

「そういうわけでこれからも頼んだぞ、アイセル」

「がんばります!」


 大商人ヴァリエール様の邸宅を後にした俺たちは、最後に冒険者ギルドに報告に戻ってAランク魔獣サルコスクスを討伐した顛末を伝え、追加で特別報奨金まで貰ってほくほく顔で宿に戻ったのだった。


【ケースケ(バッファー) レベル120】
・スキル
S級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』

【アイセル(魔法戦士) レベル32→35】
・スキル
『光学迷彩』レベル28
『気配遮断』レベル14
『索敵』レベル21
『気配察知』レベル35
『追跡』レベル1
『暗視』レベル7
『鍵開け』レベル1
『自動回復』レベル7
『気絶回帰』レベル7
『状態異常耐性』レベル7
『徹夜耐性』レベル7
『耐熱』レベル7
『耐寒』レベル7
『平常心』レベル7
『疲労軽減』レベル35
『筋力強化』レベル35
『体力強化』レベル35
『武器強化』レベル35
『防具強化』レベル35
『居合』レベル35
『縮地』レベル35
『連撃』レベル35
『乱打』レベル35
『会心の一撃』レベル35
『武器投擲(とうてき)』レベル35
『連撃乱舞』レベル7
『岩斬り』レベル7
『真剣白刃取り』レベル35
『打撃格闘』レベル35
『当身』レベル35
関節技(サブミッション)』レベル35
『受け流し』レベル35
『防御障壁』レベル14
『クイックステップ』レベル35
『空中ステップ』レベル28
視線誘導(ミスディレクション)』レベル28
『威圧』レベル21
『集中』レベル35
『見切り』レベル35
『直感』レベル35
『心眼』レベル35
『弱点看破』レベル14
『武器破壊』レベル1
『ツボ押し』レベル35

 翌日。

「いいんですか? 本当にやりますよ?」

 アイセルが俺に魔法剣を向けながら、こわごわと念を押すように言った。

「いいぞ、やってくれ」

 対して俺は特に緊張感もなく軽ーく答える。

「やりますよ? やるんですからね?」

「おう、やってくれ」

「本当にやりますからね? ケースケ様がやれって言ったんですからね?」

「大丈夫だって、ほらほら」

「どうなってもわたしは知りませんよ? 後でわたしのせいだって言わないで下さいよ? ケースケ様の自業自得なんですからね?」

「分かってる分かってる」

「あ、でも怪我をしたらすぐに止血してお医者さんのところに連れて行ってあげますので、そこはご安心を」

「まぁもしもの時は頼むよ。ないと思うけどな」

「……わかりました、ケースケ様がそこまで言うなら指示に従います。だってわたしはケースケ様の(つるぎ)なんですから――」

 目を閉じて噛みしめるようにつぶやくアイセル。

「いやあの、そんな重い決意みたいなのまで持ち出さなくても……」

「いいえ、ケースケ様に剣を向けるということがどれだけ辛いことか……。わたしは今、悲しみに暮れる心を必死に乗り越えようとしているんです」

「あ、うん、大事だよね気持ちの折り合いは」

「……では行きます! はぁぁぁっっ!!」

 決断したアイセルは目を開くと、今までのためらいはどこに行ったのか、気合いとともに俺に向かって魔法剣を鋭く繰り出してくる。

「のわっ!?」

 いまや歴戦のフロントアタッカーと言ってもいいアイセルの見せた裂帛(れっぱく)の気迫に、思わずビクッとして情けない声をあげちゃうヘタレな俺。

 まぁ後衛職ってのはおおむねこんなもんだ。

 しかしアイセルの攻撃が俺に届いた瞬間――、

 キ――ン!

 澄んだ音ともに『星の聖衣』が魔法剣を跳ね返した。

「わわっ、さっきまで普通の布だったのに本当に金属みたいに硬くなりましたよ!?」

 繊維化した金属で編まれた『星の聖衣』が瞬間硬化して金属鎧となったのを見て、アイセルが驚いた声をあげる。

「なっ、言っただろ、大丈夫だって」

「すごいです、目の前で見ても信じられません……」

 アイセルが硬化した部位をちょんちょんとつつくが、もうそこは既に布の状態に戻りつつあって。

「こいつのおかげで、これからは俺の安全も大幅に向上するってこと」

「ふへぇ……」

 アイセルが心底感心したようにつぶやいた。

「この情報はすぐにでも共有しておきたかったんだよ」

「確かにこれを見せられれば、少し安心できる気がしました」

 不遇後衛職(バッファー)で後ろで見ているだけな俺の防御力が格段に向上すれば――常に俺を守らなければならないという負担が減れば――アイセルはもっと自由に戦うことができる。

 もっと強くなれる。

「だろ? じゃあ運用試験はこれにて終了。昨日の今日だし、この後はオフってことで」

「あの、ケースケ様はこの後は用事でもあったりですか?」

「いいや特にはないよ。なんだ? アイセルはどっか遊び行きたいところでもあるのか?」

「ここからちょっと行った街道沿いに、たくさん花が咲いていて今が見ごろらしいんです。良かったら一緒にピクニック行きませんか?」

「おっ、いいな、今日は天気もいいし散歩するにはちょうどいいもんな」

「じゃあすぐに食べ物とか準備してきますね!」

 そう言ってアイセルは自分の部屋へと戻っていった。

 その後、準備を整えたアイセルと一緒に花を見に行って。
 俺たちはしばし冒険者であることを忘れて、まったり平和にオフを過ごしたのだった。
 サルコスクスを討伐し、アイセルとキスをしたその一月後。

 あれから男女の関係という意味で進展こそなかったものの。

 前以上に俺になついてくるようになったアイセルと2人で、地道にクエストをこなしていた俺たちパーティ『アルケイン』に、キングウルフ討伐以来となる久々のでかいクエストが舞い込んできた。

「アイセル。パーティ『アルケイン』にトリケラホーンの討伐依頼クエストが来た」

「トリケラホーンですか? 初めて聞いた名前なんですけど、いったいどんな魔獣なんでしょうか?」

 アイセルが尋ねてくるのももっともだった。
 これは別にアイセルが勉強不足なわけでもなんでもない。

 というのも、

「トリケラホーンは名前の通り巨大な3本の角を持った、恐竜と言われる種の大型魔獣だよ。全高5メートル、全長10メートルもある単体Aランクの強敵だ」

「単体Aランクの大型魔獣……!」
 アイセルがごくりと喉を鳴らした。

「そして滅多に出ない魔獣で、俺も過去に1度遭遇したことがあるだけだ」

 おそらくほとんどの冒険者は一生見ることがない――トリケラホーンはそんな激レアな魔獣だったからだ。
 だからアイセルが知らなくても無理はない。

「でもそんな珍しい魔獣が出るなんて、何があったんでしょうか?」

「冒険者ギルトからは、詳細な経緯は極秘のため明かせないって言われた」

「そうなんですか……でもAランクの危険なクエストを頼むのに、理由も明かせないだなんて……」

「そうだよな。だから情報屋に聞いてみたらすぐに分かったよ」

「情報屋……! 秘密の情報源……! いかにも元・勇者パーティらしいクールな情報の入手方法です! クール・ケースケ様です、カッコいいです素敵です!」

 アイセルがなぜか興奮気味に『情報屋』という単語に喰いついてきた。

 普通とは違う特別なルート――みたいな響きが、いたく琴線に触れたらしい。
 よーし、せっかくだから今度会わせあげよう。

 でも――、

「アイセルの夢を壊すようで悪いけど、情報屋自体は秘密でもなんでもないんだよな」

「え? そうなんですか?」

「冒険者ギルドのすぐ近くで店を構えている――というか冒険者ギルドの実質公認だし。その方がなにかと便利がいいからな」

「……ふえ?」

 俺の言葉に、よく分かりませんって顔をしながら小首をかしげたアイセル。

「難度の高い特別なクエストになればなるほど、未経験なことがほとんどだろ? 今まで戦ったことがない魔獣が相手だったりさ」

「はい、それはそうですよね」

「特に最上級のSランククエストともなると、誰もやったことがないことがほとんどだし」

「例えば……『暴虐の火炎龍フレイムドラゴン』の討伐とかですか?」

「あの時は大変だったなぁ。有利な場所で戦うために待ち伏せ作戦をとることになったんだけど、移動ルートを割り出すのに苦労してさ」

「ドラゴンは飛ぶから道とか関係ないですもんね」

「結局いろんな情報をしらみつぶしに精査して、いくつか飛行ルートにパターンがあることを突きとめて、それで入念に待ち伏せポイントを定めたんだよ」

「ふへぇ、そんな地道な苦労があったんですね……『暴虐の火炎龍フレイムドラゴン』が暴れている所に乗りこんでどんなもんだと討伐したっていう、吟遊詩人の歌とは全然違います」

「まぁ吟遊詩人も商売だからな。本筋はそのままにしながら時に面白おかしく、時に心湧きたつように脚色することが彼らの仕事というか。ま、なんにせよクエストは戦う前から始まってるんだ。だから今回にしても、個別の事前情報ってのが何にも増して大事になるわけだよ」

「勉強になります!」

「それで情報屋の話に戻るんだけど、中級クエストくらいなら必要度は低いけど、B級以上の高難度クエストを受け始めた冒険者は、皆こぞって情報屋を使いだすんだ」

「だから実質公認でギルドの近くにあるんですね、納得です」

「ちなみに特に周知しておきたい情報なんかは、冒険者ギルドが公開前提で買い取ることもあったりするくらいだぞ。この前、山道の一部が落石で通れないって話があっただろ? あれも多分そうだ」

「ああありましたね。ここからすぐ近くの山ですよね」

「あの山道は薬草採取に行くDランクのクエストで必ず通る道なんだ。だから冒険者ギルドとしては、迂回路を通ってもらうためにも情報を公開して知らせておきたかったってわけさ」

「ほぇ~、納得です」

 もちろん何度も付き合いを重ねる(=ありていに言えば金を払う)ことで上得意になって、それで教えてもらえる「耳よりな情報」ってのもあるにはあるわけなんだけど。

「で、ここからが情報屋から買った情報なんだけど、なんでも最近見つかった地下古代遺跡の探索中に、突然トリケラホーンが出てきたらしい」

「地下に広がる古代遺跡……ちょっとロマンチックかもですね」

「遠い過去に思いを寄せるって感じの響きがいいよな、まぁ今はそれは置いといてだ。今回出たのは、過去に出たものと比べても相当大きな個体らしくてな」

「過去最大級の大型魔獣……」
 アイセルが真剣な表情をした。

「既に別の冒険者ギルドから派遣された高レベルパーティがいくつか討伐に向かったんだけど、倒せずに逃げ帰ってきたらしい。分厚い鎧のような皮膚が硬すぎて、まったく攻撃が通らないんだと。ちなみに地下5階に居座ってるそうだ」

「ふへぇ、そんなことまで教えてくれるなんて、情報屋さんは本当に何でも知ってるんですね、すごいです」

「ん? いやこれは冒険者ギルドが裏で情報屋に情報を流したんだよ」

「……はい?」

 アイセルが全く意味が分かりませんって顔をした。
 ほんとアイセルは世間ずれしてない素直ないい子だなぁ。

「三店方式って言ってな。冒険者ギルドとしても、情報を伝えずに危険なクエストをお抱え冒険者に依頼するわけにはいかないだろ? 有能な冒険者が死んだらギルドは大損だし」

「ええまぁはい、それはそうですよね。でも冒険者ギルドは口止めをされてるから、詳細は明かせないんですよね?」

「だからな? 『うちからは詳細は言えませんけど、情報屋は色々と知ってるみたいですよ』とそれとなく教えてくれるんだよ。情報屋から得た情報って形で体裁を整えてくれってわけ。もちろん情報屋の情報源は冒険者ギルドだ」

「冒険者と、冒険者ギルドと、そして情報屋の3つが表向き知らんぷりしながら、実は裏でこっそり協力しているわけですね?」

「そういうこと。理解が早くて助かるよ」

「ふへぇ……世の中の仕組みは難しいんですねぇ……知らないことばかりです」

 アイセルがしみじみとした口調で言った。

「それで本題なんだけど、正直言ってこのクエストはまだちょっと俺たちには早いかなって思うんだ」

 俺はこのクエストを辞退しようと考えていることを、やんわりとアイセルに伝えたんだけど――、

「いえ、やります、やらせてください!」

 アイセルはグッとこぶしを握って情熱いっぱいに言ってきたのだ。

「最近絶好調のアイセルが高難度クエストに挑戦したい気持ちは分かる。だけど単体Aランクってのは相当な強さなんだ」

「ですがAランクの相手ということなら、ついこの前もキングウルフの群れを討伐しましたよね?」

「確かにキングウルフも群れだとAランクだったけど、不意打ちから各個撃破する作戦を取ることができただろ? そしてキングウルフは単体ならBランク相当だ」

「あ……」

「うちのパーティはアイセルの完全1トップ。つまりトリケラホーンとアイセルの完全な1対1での戦いになる。Aランクの魔獣を相手に、純粋な強さ勝負になるってことだ」

 この違いはとても大きい。
 単体Aランクとは、それほどまでに危険な相手なのだ。

「でもですよケースケ様。これは冒険者ギルドから、パーティ『アルケイン』への特別な指名依頼なんですよね?」

 アイセルは納得はしたものの、まだ少し後ろ髪を引かれているようだった。

「そうだけど、だからといって別に絶対に受けないといけないわけじゃないしな」

 確かにこの討伐クエストは冒険者ギルドから、特別な高難度クエストとしてパーティ『アルケイン』に指名依頼が来ていた。

 キングウルフの群れの1つを速攻で討伐したことと、旧水道に潜むサルコスクスを退治したことで、今や俺たち『アルケイン』はここの冒険者ギルドの顔になっていて。

 さらにアイセルはこの地域最強のフロントアタッカーとして、周辺の他の冒険者ギルドからも一目置かれる存在にまでなっていたからだ。

 それで冒険者ギルドを通じて、この辺り一帯を治める領主から直々にこの高難度クエストを依頼されたというわけだったんだけど。

「やりましょう、ケースケ様」

 アイセルはもの凄いやる気をみなぎらせていた。

 その気持ちは本当に分かるんだ。

 ここ最近は隊商の護衛だったり、家畜を狙う野犬を追いはらうとか畑を荒らすイノシシを狩るといったDランクの討伐クエストだったり、「冒険者ギルド主催、エルフの美少女魔法戦士アイセルの講演会(握手付き)」といった仕事ばかりで、大物相手の目立った討伐クエストがなかったからな。

 レベルはまったく上がってないし、アイセルも身体を動かし足りないって感じなんだろう。

「うーん……でもなぁ……」

「ケースケ様が客観的に見て、トリケラホーンは決して勝てない相手じゃないんですよね?」

「それはそうだけど。冒険者ギルドにしても、パーティの力量を判断した上で指名依頼をだしてるわけだし、できないことはないよ」

「だったら――」

「それでも、そこまでリスクを取るものでもないと言うか。Aランク以上の魔獣は、南部諸国連合の各国騎士団の討伐対象にもなってる。だから騎士団に討伐依頼を出せば、そのうち凄腕チームが派遣されて討伐してくれるだろうからさ」

 ただし騎士団はガチガチのお役所仕事体質なので、依頼してから来るまでにかなり時間がかかる。
 加えて地方の治安維持を任されている地方領主&冒険者ギルドのメンツが丸つぶれになってしまうのだ。

 だから俺たちが討伐するに越したことはないんだけど――。

「やりましょう、ケースケ様」

 アイセルがもう一度同じセリフを言った。
 強い意志を込めた瞳と共に。

 身体中からやる気と情熱が、それこそ溢れんばかりにみなぎっているようだった。

「そうだなぁ……」

 それでも俺はなおパーティのリーダーとして、リスクの大きさを考えてしまう。

 だけど俺とは対照的にアイセルの決意はかなり固いようだった。
 なにより今のアイセルは、これぞ冒険者って顔をしていたんだ――。

「……サポートに高レベルパーティをいくつか付けてもらえれば、もしもの時も逃げられるだろうし、リスクはかなりゼロに近いところまで減らせるか……」

 今のアイセルの戦闘力なら、俺のバフスキルを受けつつ100%本来の力を出せさえすれば勝てるだろう。

「ケースケ様、御決断を」

「……わかった、やるか!」

 俺はついに重い腰を上げた。

「ありがとうございます、ケースケ様!」

 こうして俺たちパーティ『アルケイン』は、Aランク大型魔獣トリケラホーンの特別指名討伐クエストを受けることにしたのだった。

 数日後。

 俺たちは複数のサポートパーティを伴って、地元の冒険者ギルドを出撃した。
 目指すは調査が行われているという古代文明の遺跡だ。

「今回はパーティ『アルケイン』にとって過去一番の高難度クエストだ。存分に用心をしてかからないとな」

「ですね……! もちろん体調も万全です!」

 ――とは言ったものの。

 実は今の俺たちは馬車に乗って、遺跡のある場所に向かっている最中だった。

 なので特に緊張感もなく、出しなに持たされたギルド職員が焼いたクッキーを食べながらコトコトと揺られていた。

 遺跡は俺たちの拠点としている町からは少し離れた場所にある。
 だからまずは馬車で近くの町まで行ってそこで一泊してから、朝一で討伐に向かうという段取りなのだ。

 馬車の中で、向かいではなくくっつくように身体を寄せて隣に座ったアイセルが、

「はいどうぞケースケ様。あーんです」
 あーんしてきたクッキーを俺はパクリと咥えた。

 最近はアイセルとちょこちょこ「あーん」で食べさせ合いっこをしているので、俺もすっかり慣れたというか、最初の頃みたいな恥ずかしさはほとんどなくなっていた。

「むぐむぐ……うん、すごく美味しいな。緑色だし最近流行ってるマッチャ味だな」

 ほのかな甘みと苦みが同時に広がる独特の風味、マッチャ味だった。

「正解です♪」

 マッチャは、東方のサムライ国家ニーホンで特殊な製法によって栽培されている茶葉のことだ。
 日光を当てないで育てるんだったかな?

 ほろ苦い風味もさることながら、若さを保つ効果があるとか言って最近女性の間で流行っているらしい。

 そんな女性の間で流行っているマッチャについて、男の俺がなんで詳しく知っているかというと。
 パーティのリーダーにとって、メンバーの嗜好や好みを把握するのも大切な役目の一つだからだった。

 アイセルのように、普段は遠慮がちで自分の意見を強くは言わない性格のメンバーを持つ場合は、特にそういった配慮が必要になるのだ。

 でないとリーダーの意見や、声のでかいメンバーの意見ばかり通って不満がたまってしまうからな。

 なので最近流行りのスイーツ(アイセルは甘いものが好きなのだ)なんかは、マメにチェックして抑えている俺だった。

 ちなみにアイセルが甘いお菓子の誘惑と節制との間で、日々頭を悩ませていることも知っている。
 だから甘いものが好きだからと言って、勧めすぎるのもまたダメなのだった。

 その辺のさじ加減がパーティ運営では難しいんだよな。

 ま、今はまだ俺とアイセルの2人だから、意見の対立なんかもほとんど無いわけだけど。

 それでも、勇者のように自分が中心となって戦うことで信頼を得、それによって力強くみんなを引っ張るタイプのリーダーと違って、俺のような戦闘時に役に立たない後衛不遇職のバッファーがパーティのリーダーになって円滑に運営していくには、それなりの細やかな気配りが必要なのだった。

「ケースケ様、急に黙ってしまってどうしたんですか?」

 おっと少し考え込んじゃってたみたいだ。

「あはは、クッキーが美味しいなって思っただけだよ」

「そうですか。ではでは今度はわたしの番ですね。あーん」

 そう言ってアイセルがエサをねだる雛鳥みたいに口を開けた。

「あ、あーん……」

 俺が差し出したクッキーをアイセルが可愛く咥える。

 あーんをされるのには、だいぶ慣れた。
 でも自分からするのは、まだちょっとだけ恥ずかしい俺だった。

 受け身で口に入れてもらうことと、自分からアクションを起こすことには、気持ちの面で大きな違いがあるんだよなぁ……。

 ともあれ俺たちはこのまま馬車で近場の町まで行って。

 そして一泊して迎えた翌日の早朝。
 まだ日が昇っていない薄暗い時間から、俺たちはトリケラホーン討伐クエストを開始した。

 遺跡の周辺には、随伴する高レベルパーティが多数サポートとして展開していて。
 もしもの時の退路の確保をしつつ、邪魔が入らないように周囲の魔獣を警戒してくれていた。

 そんな中、俺とアイセルは満を持して古代遺跡の中へと踏み入った――。

「ふへぇ……屋内なのに外にいるみたいに明るいんですね」

 古代遺跡の中の通路を歩きながら、アイセルがキョロキョロと周囲を見渡して不思議そうにつぶやいた。

「古代文明の特殊な明かりが灯されているみたいだな。確かデンキとか言うんだったかな? 悪い、よく覚えてない」

「デンキですか……やっぱり古代文明はすごいんですねぇ……驚きです」

 そんなことを話しながら俺たちは注意深く遺跡の中を進んでいく。
 暗くないのは『暗視』スキルを持たない俺にとっては、地味にありがたかった。

 遺跡の中はいたって静かで、アイセルが特に敵を察知することもなく、

「次がトリケラホーンが出たって言う地下5階ですね」

 俺たちは順調に目的の階層である地下5階まで下りてきていた。

 しかしそこで状況が一変する。
 階段を下りてすぐのところが、広くて天井も高いスペースになっていて、

「……ケースケ様、ご注意を」

 なにかの存在を感知したアイセルが、俺を守るような位置取りで足を止めたのだ。

 だだっ広い広間の奥には通路があって、

「いました、奥の通路にトリケラホーンを発見です!」

 すぐにアイセルの卓越した索敵能力がトリケラホーンを発見した。

 そしてやや遅れてトリケラホーンも俺たちの存在を認識したのか。

 高さ5メートル、角の先から尻尾の先まで10メートルほどの巨大な魔獣トリケラホーンが、通路の奥からこっちに向かってのっそりと姿を現したのだ――!

「『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』発動!」

 俺はただちにS級バフスキルを発動した。
 アイセルの身体がバフの淡い光に一瞬だけ包まれる。

「ありがとうございますケースケ様。では、いきます!」

 言葉と共にアイセルは飛び出しながら魔法剣を抜刀、トリケラホーンとの戦いを開始した。

 既に俺が知っているトリケラホーンの情報は全てアイセルに伝えてある。
 だから俺にできることはいつも通りただ1つ、

「頼んだぞアイセル。アイセルならきっと勝てる──!」

 後ろで隠れてアイセルを応援することだった。

 トリケラホーンの最大の特徴である3本の大きなツノによる攻撃を、アイセルは巧みにかわしながら反撃していく。

「はぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」

 猛烈な突進をひらりとかわしながら繰り出されたアイセルの渾身のカウンターは、しかし、

 ギャイン!

 トリケラホーンの硬い皮膚に弾かれて、魔法剣が鈍い音をあげた。

「くぅっ、ケースケ様から聞いていた通りすごく硬いです!」

 金属鎧のように硬い大型魔獣の圧倒的防御力の前では、いかにアイセル愛用の魔法剣であっても簡単には傷つけられないのだ。

 逆にトリケラホーンのツノは、アイセルの防御をやすやすと貫通する威力を持っている。

「さすが単体Aランク、ものすごい威力だな。あれじゃかすっただけでも危ないぞ。アイセル、頼むから当たってくれるなよ……!」

 俺がハラハラしてつい、祈るように独り言を言っちゃったのも仕方のないことだろう。

 だけどそんな当たれば致命傷にもなりうるツノによる突進や薙ぎ払いを、アイセルはしっかりと見切ってかわしながら、何度も何度もしつこく攻撃を入れていく。

「大丈夫、ちゃんと見えてます! 当たらなければどうということはありません!」

 アイセルが視線はトリケラホーンにしっかりと向けながら、俺を安心させるかのように伝えてきた。

 しまった、さっきの独り言が聞こえちゃったのかもしれないな。
 戦闘中なのに余計な気を使わせてしまった。

 余計なことを言って前衛の意識を散漫にさせるなんて、これじゃあ後衛失格だ。

 俺はよし、と覚悟を決めると、いつも通りアイセルに全て任せて静かに応援に徹することにした。

 俺が静かに見守る中、アイセルとトリケラホーンの戦いが続いていく。
 しかし次第に形勢はアイセル有利に傾いていった。

 特に、何もない空中で地上のように数回ステップできるスキル『空中ステップ』による三次元戦闘機動は、トリケラホーンを完全に翻弄していた。

「ツノの破壊力はさすがAランクの魔獣ですね。ですがそんな直線的な攻撃だけでは、ケースケ様のバフを受けたわたしは捕まえられませんよ!」

 アイセルはトリケラホーンの猛烈な突進を軽快にかわすと、その度に強烈なカウンターを一撃、二撃、三撃と連続で叩き込んでいく。

 超硬度の皮膚の上からとはいえ攻撃を受けたら痛いことは痛いのか。
 痛みに怒ったトリケラホーンが暴れるように強引にツノを振りまわした。

 子供が癇癪をおこして手を振りまわすみたいに、無軌道で予測不能な動きの連続。

 だけどアイセルはそれすらも予測済みとでも言わんばかりに、まるで舞い踊っているかのように流麗にかわしては鋭く斬りこみ、またかわしては斬りを繰り返していく。

「はぁっ! やぁっ! とぅ! せいやっ!!」

 物語に出てくる強く美しい戦乙女(ヴァルキリー)のようなその姿は、勇者パーティで勇者やアンジュの戦いぶりをずっと見ていた俺から見ても、文句なしの堂に入った戦いっぷりだった。

 それを見た――見せつけられた俺は、

「そっか……アイセルはもうすっかり一人前の冒険者になってたんだな……」

 俺はアイセルを一人前に育てたのだという、感慨のような大きな大きな満足感と。

 同時に俺では逆立ちしたって届かない圧倒的才能への羨望と、アイセルが俺の手を離れつつあることへの寂寥(せきりょう)感のようなものを覚えていた。

 でもそりゃあそうか。

 だってパーティ『アルケイン』は2人だけの最小のパーティなのに、片割れの俺はバッファーで実質戦力外で。

 だからアイセルは常に1人で戦い続けてきたのだ。

 なにもかも初めての中で、様々なことを高いモチベーションで学びとり、俺が要求する全てをアイセルはクリアしてきたのだから。

 不遇後衛職ではまず経験することのできない濃密な体験の数々が、アイセルをごくごく短期間で大きく、深く、強く、たくましく育てたのだ。

 単純な戦闘力だけでなく、賢く聡明で、粘り強く諦めない。
 そんなどこに出しても恥ずかしくない一人前の冒険者に、アイセルはもうなっていたんだ――。

 そして戦闘開始から約30分ほどで、

「これで終わりです――! スキル『連撃乱舞』! はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 グッと腰だめに構えたアイセルが、トリケラホーンに猛烈な連続技を仕掛けていく。

「GAOOOOO!!」
 トリケラホーンが嫌がるように身体をよじらせても、

()がしません――!」

 アイセルは絶妙の位置にピタッと食いついたままで、攻撃の手を緩めはしない。

 実はアイセルは、ここまで何も考えずに攻撃をしてきたわけではなかった。

 俺も途中からその意図に気が付いたんだけど、アイセルはトリケラホーンの左肩のあたり、同じ場所を寸分たがわず何度も攻撃し続けていたのだ。

 一撃一撃は小さな傷しか与えられなくても、それを同じ場所に数十回と繰り返せばば、どんなに硬い鎧のような皮膚であっても積み重なって大きな傷になっていくのだ。

 そして今、猛烈な連続技を繰り出すスキル『連撃乱舞』をその狙い続けた1点に全集中し、ついにその強靭な外皮を切り裂いたのだ――!

 そして、

「そこです! スキル『会心の一撃』!!」

 スキルと共に放たれた強烈な突きが――アイセルの持つ最大級の威力を誇る必殺の一撃が、傷口からそのままトリケラホーンの身体の内部へと侵入する。

 さらにはその心の臓まで一気に到達して――、

「GURYYYYYYYY――――――!!!!」

 断末魔の悲鳴をあげながら、生命の源を失ったトリケラホーンの巨体が轟音を立てて床に崩れ落ちた。

 アイセルは巻きこまれて下敷きにならないように、瞬時に魔法剣を引き抜いて大きくジャンプして退避すると、剣を構えたままで油断なく状況を観察する。

 トリケラホーンが完全に息絶えたことと、周囲にもう他の魔獣がいないことを確認してから、

「ふぅ……」

 最低限の警戒だけは残しながら、アイセルは少しだけホッと安心したように息を吐いた。

 倒したと思ったら死んだふりをされていて、油断した所で手痛い反撃を受けた――といった話は枚挙にいとまがない。

 他の魔獣がいるかもしれないし、倒したと思っても決して油断をしないのが一流の冒険者なのだった。

 そういや今月の冒険者ギルドの標語も「ギルドに帰るまでがクエストです。油断一瞬、怪我一生」だったっけか。

 当たり前のことなんだけど、これがまた分かっていてもけっこう難しいもので。

 標語として掲げられるくらい、誰しも一仕事を終えるとついついホッと安心して油断してしまうものなんだよな。

 学んだことを忠実に実行し、決して手抜きをしないアイセルの生真面目な性格は、そういう意味でも冒険者向きだった。

 というわけで無事に討伐クエストを完了したので、俺は物陰から出てアイセルに近づいていった。

「よくやったなアイセル。お疲れさん。ほんと凄かったよ」

 難敵であるA級魔獣トリケラホーンを1人で討伐してみせたアイセルに、俺は掛け値なしの称賛を送った。

「えへへ、同じ場所を狙う作戦がたまたま上手くはまっただけですから」

 アイセルははにかんで謙遜しながらも、だけどそこには冒険者としてのわずかな自信のようなものも感じられて。

 うん、良い心の持ちようだ。

 慢心や自信過剰は命取りだ。
 世の中、調子のいい奴ほど基本をおろそかにして痛い目を見る。

 だけど自分の積み重ねた技能に自信を持たなくては、できるものもできなくなるのだ。

 そんな心のバランスが、アイセルはしっかりと取れていた。

 慎重かつ大胆に。
 相反する信念の両立が、一流冒険者に必須の心構えなのだ。

 なによりトリケラホーンはアイセルからすれば完全な格上、単体Aランクの上級の魔獣なのだ。

「その作戦にしてもよく考えたと思うぞ。そもそも論として、全く同じところを寸分たがわずピンポイントで狙い続けるなんて、言うのは簡単でもやるのは難しいだろうし。文句なしの100点満点だよ」

「ケースケ様にそこまで言ってもらえるなんて、えへへ、頑張ったかいがありましたね」

 自分で攻略法を考え、それを実行して格上の魔獣ですら倒してみせる。
 そして倒した後も慢心しない。

 アイセルはもうどこに出しても恥ずかしくない、一人前の冒険者に他ならなかった――。