地上に出て完全に安全を確保してから、

「どうしたんだよアイセル、そんな怒ってるみたいな怖い顔をしてさ?」

 仏頂面のアイセルに俺が首をかしげながら尋ねると、

「そうです、わたしは怒ってるんです」

 アイセルはそんなことを言ってくるんだよ。

「怒ってるってなんでだよ? サルコスクスを無事に討伐できたっていうのにさ?」

 むしろここはハイタッチして喜ぶような場面じゃないか?

「だって当初の作戦ではケースケ様は、サルコスクスが前から来たら後ろに逃げる手はずでした」

「ああそのことか。位置取り的に前に行った方が逃げられる可能性が高いって、瞬間的に判断したんだよ。なにせ逃げるのはバッファーの得意分野だからな。実際にギリギリでかわせただろ?」

 俺は予定とは違っていたことをそんな風に軽く説明をした。

「確かに結果はオーライでした」

「臨機応変っていうのかな。戦闘じゃ良くある話だろ?」

 どれだけ綿密に作戦を立案しても、魔獣の個性やちょっとした何かのタイミングのズレ、その場の状況などによって予定通りに進まないのが戦闘というものなのだから。

「わたしたちはそうです、戦うためのスキルをたくさん持ってますから。ですがケースケ様は後衛専門のバッファーで、ろくに補助スキルすら持っていません」

「うぐっ、また俺のトラウマをえぐるようなことを……この話はやめよう、な?」

 アンジュが勇者に寝取られたことを思い出した俺は動悸が高まってしまい、思わず胸を抑えたんだけど、

「いいえ今だけは言わせてもらいます」

「ええっ……!?」

 アイセルはよほど腹に据えかねているのか、断固とした口調で俺のお願いを突っぱねてくるんだよ。

 いつものアイセルなら「す、すみませんケースケ様!」って言って流してくれるのに。

「冒険者とは言いますが、ケースケ様の身体スペックはちょっと動ける一般人なんです。だから無理はして欲しくないんです。無理ならわたしがします。わたしがケースケ様の剣となり盾となり、槍となり鎧となって戦います」

「アイセル……」

「さっきわたしは、ケースケ様が死んじゃうんじゃないかって心の底から心配したんです。本当心配したんですからね……?」

 切ない声色でド直球にアイセルの思いを伝えられて。

「うん……心配かけて悪かった、ごめんな。すごく反省してる」

 俺は素直にごめんなさいをした。

「もう2度とああいう無茶なことはしないでくださいよ?」

 そう優しく言ってくるアイセルの目には、いつの間にか涙が溜まっていて。
 そしてすぐにそれは涙腺を決壊して、大粒の涙が頬を次々と伝って流れていった。

「いやあのアイセル、そんな泣かなくても……俺は無事だったんだしな?」

「すみません……さっきの瞬間ケースケ様が死んじゃうかもって思った時の気持ちを思い出しちゃって……わたし、ケースケ様が死んじゃったらどうしたらいいか……こんなによくしてもらったのに……うっ、ぐす……」

「ああぁぁ、アイセルごめんな、本当にごめんな。心配かけるつもりはまったくなかったんだ。でも勝手な判断で心配かけさせちゃってごめん。そこは本当に悪かった、ごめんなさい、すごく反省してる」

「うっ……ぐす……」

「な? だからもう泣かないでくれないかな?」
 そうい言いながら俺はアイセルをそっと抱き寄せた。

「ケースケ様は、困ったらすぐこうやって抱きしめて誤魔化すんです……」

「うぐっ……!? いやあの、そういうわけでは……あるかもしれない……」

 今日のアイセルは物のついでというか、せっかくだから言いたいこと全部言っちゃうって感じで容赦がないな……。

 でも心当たりが無いとは言えなくて、「そんなことはない」とは強く言えない俺でした、はい。

「すん……ぐす……」

 心配して泣きながら、同時に怒ってむくれる器用なアイセルを見ていると、なんだか胸の奥に忘れて久しいキュンという感覚がほんのわずかだけど込み上げてきて――、

「アイセル、顔を上げて」
「はい? ――ん……」

 俺は心がおもむくままにアイセルの唇にそっと自分の唇を合わせていた。