「危ないところでしたね」

 安全地帯に戻ってくるなりアイセルがホッと一息つくように言った。

「アイセルのおかげで助かったよ。文字通り命の恩人だな」

「いえいえ、わたしたちは命を預けあうパーティですから」
 そう謙遜しつつもアイセルは小さな笑みを隠せないでいた。

 俺の命を救う大活躍をしたのがよほど嬉しかったらしい。
 可愛い奴だな、もう。

「でもまさかAランク大型魔獣のサルコスクスがいるなんてな。使ってない旧水道とはいえ街の真下だぞここ。ありえないだろ。水源から紛れ込んできたのかな?」

「古い水路なので、街の外のどこかで穴が開いて出入りできるようになってるのかもですね」

「それもあるか。なんにせよ、後で報告して穴があるならちゃんと防いでもらわないとな」

「ですね」

 あんなのが街の下を徘徊してるとか、さすがに危険すぎる。

「で、だ。当面の問題は、あいつを倒さないことにはここから出られないってことなんだけど」

「この猫ちゃんもきっと、サルコスクスがいたせいで帰れなかったんでしょうね」

「話が綺麗に繋がったわけだ。あーあ、お手軽な猫探しクエストがまさかこんなことになるとはなぁ……」

 開けた陸上でならまだしも、相手有利の暗く狭い地下水路でサルコスクスと戦闘なんてさすがに割が合わなさすぎるぞ。

「どうしましょうか? ケースケ様はなにか作戦はあったりしりますか?」

「そうだな……なくはないけど」

「さすがですケースケ様! どんな作戦なんでしょうか?」

「簡単な作戦だよ。俺がオトリになるから、俺を食べようとヤツが水の上に顔を出したところをアイセルが一撃で仕留めてくれ」

 俺の提案した作戦を、

「却下です」
 アイセルが即答でぶった斬った。

「ちょっと! いつもは素直に俺の言うことを聞いてくれるのに、なんで今回に限って即答で拒否するんだよ!?」

 思わぬ反応が返ってきて、俺がついつい年長者らしい態度を忘れて勢いで聞いてしまうと、

「そんなの、ケースケ様を危ない目にあわせるわけにはいかないからに決まってるじゃないですか」

 アイセルはちょっと困ったような顔で、心配そうに言ってくるんだよ。

「うっ、足を引っ張ってすまないな……。でもそうは言ってもだ。水の中から引っ張りださないことには勝負にならないぞ?」

 サルコスクスは地上ではBランクだが、得意の水中や水辺ではAランクになる。
 逆に俺たちは水中・水辺は不得手で戦力が下がってしまうのだ。

 相手有利のフィールドじゃあ勝ち目は薄い。
 どうにかしてヤツを水の上に引っ張り出さなければならなかった。

「それならわたしがオトリ役をやりつつ、ついでに撃退もします」

「サルコスクスの噛みつきは強烈だ。どれくらいの威力かっていうと、分厚い鉄の楯すら簡単に噛み千切るほどだ。そして速い。だから全部アイセルがこなすより、オトリと仕留め役は分けるべきだと思うんだ。あいつが水生最強生物って言われるのは伊達じゃないんだよ」

「ですがバフ以外のスキルを持たないバッファーのケースケ様では、万が一の場合に取り返しがつかなくなってしまいます」

 まぁ、その心配はもっともなんだけどさ。

「なぁアイセル。俺たちはパーティだろ? 大丈夫、俺はできないことはできるとは言わないよ。オトリくらいならギリギリ大丈夫、俺に任せてくれないか?」

「ですが――」

「俺はさ。アイセルならオトリになった俺のことをきっと守ってくれるって、そう信じてるんだけどな?」

「むうっ……ケースケ様はずるいです。そんな風に言われてしまったら、ケースケ様の信頼に是が非でも応えたいわたしは絶対に断れないじゃないですか」

 アイセルがほっぺを可愛く膨らませながら、でも嬉しさを隠し切れないって感じで言った。

「じゃあ決まりだな。俺がオトリで、アイセルが仕留め役だ」

「でもでも絶対に無理はしないでくださいよ? 約束ですからね?」

「わかってるって。無理はしない、約束だ。そして俺は約束を守るタイプの人間だ」

「ならオッケーです」
 アイセルが俺への全幅の信頼をあらわすように、にっこりと微笑んだ。

「じゃあ話もまとまったところで簡単にサルコスクスの弱点を伝えるぞ」

「弱点なんかあるんですか?」

「あるぞ。全身を覆う鱗はめっぽう硬いけど、他の生物同様に目は弱いんだ。だから狙うなら目だ」

「ド定番ですね」

「あとこれは信じられないかもしれないんだけど、実は――」

 俺はアイセルに、サルコスクスのもう一つの弱点を伝えた――。