「アンジュ……なんで……なんでだよ……俺は……君を……君のことを……」

 疲れからかすぐに寝入ってしまったケースケ様が、小さな声でつぶやきました。

 普段の理性的なケースケ様からは絶対に聞くことができない、優しくて切ない声色。

 同じベッドのすぐ隣で眠っているケースケ様の目には、うっすらと涙が溜まっています。

 それらは全て大切な誰かの前でだけ見せる――今日までわたしの前では決して見せることのなかった――特別なケースケ様でした。

「アンジュ……アンジュ……」

 あんなにひどい目にあわされながらも、それでもケースケ様にそうやって優しく呼びかけてもらえるアンジュさんに、わたしはひどく嫉妬をしていました。

 ケースケ様の夢の中にいるであろうアンジュさんに、どうしようもなく焼きもちを焼いていました。

「わたしならいつだってケースケ様の希望に応えてあげるのに。ケースケ様にならなんだってしてあげるのに――アンジュさんなんかいなければ良かったのに――」

 目の前にいるのに、だけどケースケ様の心の中には居ない自分が無性に悲しくなったわたしは、思わずそんなことをつぶやいてしまって。

 トゲトゲとした妬みのこもった言葉を口に出してから「あ、マズい」と思ったものの、まぁ見ての通りケースケ様はアンジュさんと夢の中。

 だから大丈夫だよね――と思ったんだけど、

「アンジュ……」

 ケースケ様はわたしの声に無意識に反応してしまったのか、アンジュさんの名前を口走りながらわたしをぎゅっと抱きしめてきたんです。

 ケースケ様の手がわたしの腰と背中に回って、わたしの身体をケースケ様の胸元へと引き寄せます。

「ぁ……っ」

 緊張と嫉妬から思わず小さな声が出てしまったものの、

「えへへ……」

 わたしが「よく考えればこれって役得では?」とこっそり思い直してそっと抱き返すと、ケースケ様は安心したようにさらにしっかりと抱き返してきて――。

 今頃きっとケースケ様は、夢の中でアンジュさんと抱き合ってるんだろうなぁ……。

 悔しくないと言ったら嘘になります。
 むしろ悔しくて悔しくてしかたないのが本音だったり。

 アンジュさんじゃなく「アイセル」ってわたしの名前を呼んでくれたらどれだけ幸せかって、切ないほどに思ってしまいます。

 でも、それでもわたしは決めたんです。

 ケースケ様の1番になって、ケースケ様をアンジュさんの呪縛から解き放つって、わたしはそう決めたんですから。

 だから今だけは。
 まだ今この夢の中では、アンジュさんにケースケ様のことを任せましょう。

 今はまだ、今のわたしではまだケースケ様の心を癒すことはできないから。

 だけどそれは今だけです。

 いつかきっと必ず、その場所にはわたしが立ってみせますから。

 ケースケ様の心を解きほぐしてケースケ様の1番にわたしはなってみせます。
 ケースケ様の――あなたの心をきっとわたしの方に振り向かせてみせますから。

 わたしはケースケ様の腕に抱かれながら、ケースケ様の温もりに包まれながら。

 そう強く強く心に誓ったのでした――。