「え……? インポだったんですか、ケースケ様?」

 俺の告白にアイセルが驚いたような声をあげた。

「……そうだ。俺は3年前、幼馴染が勇者に寝取られてるシーンを見てしまって以来、ピクリとも()たなくなったんだ」

 性的興奮を全く感じなくなったことに不安を感じてこっそり宿に呼び寄せた医者の見立てでは、どうもそういうことらしかった。

「えっとあの、寝取られってその、あれですよね? つまり彼女さんが別の男の人と極度の濃厚接触してる的な……?」

「ああ。夜に2人がこっそり会ってまぐわっているところを、偶然に見てしまってさ。勇者が腰を突き上げるたびにアンジュは――俺の幼馴染は俺が聞いたことのないような嬌声をあげてたんだ」

「アンジュさんって確か勇者パーティーの魔法戦士の……ケースケ様の幼馴染だったんですね」

「さすがアイセルは詳しいな」

「えへへ、ファンでしたので」

「俺はずっとアンジュのことが好きでさ、子供の頃に将来結婚しようって約束したのをついこの前まで無邪気に信じてたんだ」

「アンジュさんが、ケースケ様の幼馴染で婚約者……」

「それで俺が冒険者になることを決めた時も、アンジュは『じゃあ私も』ってついてきてくれてさ。自然と俺たちは2人でパーティを組んだんだ」

 『ケースケだけじゃ心配だもん、わたしが面倒見てあげるわよ』

 そう言って俺の手を握ったアンジュの笑顔は、俺の心の奥底に今でもあって決して忘れることがなかった。

「まぁでも俺は最初の職種決定でまさかのバッファーになっちゃって、いきなり前途は多難だったんだけどな」

「そんないきさつがあったんですね……」

「でのあの頃は楽しかったな。バッファーっていうろくに戦えない後衛不遇職でも、アンジュと一緒なのは楽しくてさ。見ているだけで一緒に戦えないのは辛く感じることもあったけど、それでもあの時の俺は間違いなく幸せだったよ」

「アンジュさんのことが本当に好きだったんですね」

 アイセルが少しだけ羨ましそうに、少しだけさみしそうに、そしてどこか切なそうにつぶやいた。

「でもアンジュは違ったんだ。俺をあっさり捨てて、途中からパーティのメンバーになった勇者に乗り換えたんだ」

「そんな……」

「勇者とはとあるクエストの攻略のために一時的にパーティを組んだんだけど、アンジュが強く希望したのもあってクエスト攻略後に正式にパーティの一員に迎え入れたんだ」

 今思えばあの時からもう、アンジュは勇者のことを好いていたのかもしれないな……。

「乗り換えたって……どうして? どうしてそんな酷いことをするんですか……? 好き合ってた相手なのに……」

「さぁなんでなんだろうな? でも人の心なんてきっとそんなものなんだよ。何をどうしたって見ることはできなくて、どこまでも曖昧でどうしようもなく虚ろで、確実なものなんて何もない、ただただ空虚なものなんだ」

「ケースケ様……そんな悲しいこと言わないでください……」

 そして傷を受けた心はすぐに壊れてしまうのだ。
 俺があの日から()たなくなってしまったように。

「ま、パーティの絶対エースで強くて何でもできる勇者と、開幕バフスキルを使ったら後は使い物にならない後衛不遇職のバッファーだ、比べるのもおこがましいよな」

 前衛で共に身体を張って戦う勇者と魔法戦士。
 であれば、好き合うのはむしろ自然な流れなのかもしれなかった。

 ただ頭でそう理解するのと、心が納得いくのはまったく別の話なわけで。

 俺の心はまだ、あの事実を事実として納得することができていないのだった。
 受け入れることができないでいるのだった――。

「そんなことはありません、ケースケ様は本当にステキな男の人です!」

「ありがとうなアイセル。アイセルにそう言ってもらえて少しだけ気持ちが楽になったよ」

「って、あ――」

 アイセルが何かを思い出したように言った。

「どうした?」

「だからケースケ様はわたしとパーティを組む時に言ったんですね。『俺がパーティのメンバーに求める条件はただ一つ。俺を裏切らないことだ』って」

「ま、そういうことだ。俺はもう2度と傷つきたくなかったから。だからあがり症で困っていて、手助けすると恩義を感じてくれるであろう素直なアイセルをパーティのメンバーに選んだんだよ。ははっ、情けないよな、ほんと」

 果てしなく後ろ向きで、どこまでも個人的に過ぎる理由だった。
 素直で優しいアイセルもさすがにこれには怒るかも――、

「……わたしはアンジュさんとは違います」

 アイセルが何事か、聞き取れないような小さな声で言った。

「ん? ごめん、なんだって?」

 俺が聞き返すと、アイセルは俺の胸から顔を離した。
 そして俺を見上げると、しっかりと俺の目を見つめて言ったんだ、

「わたしはケースケ様を裏切ったりはしません。死ぬまでずっと一緒にいます、絶対の絶対にです」

 ――って。