俺たちは街道の途中まで荷運び馬車に乗ってから、出没エリア周辺の草原の探索を開始した。
余談になるが、御者は途中までただの護衛が手に入ったと喜んで料金をまけてくれていた。
いい奴だな。
持ちつ持たれつ。
顔と名前は覚えたので機会があればまた利用させてもらおう。
話を戻そう。
俺のS級バフスキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』で強化されたアイセルの『索敵レベル21』が、しばらくするとキングウルフの群れを補足する。
「2キロ少し先に多数のキングウルフがいます。正確な数はわからないですけど、おそらく15体から20体くらいかと」
「よくやったアイセル。よし、いつも通り左側、風下から回り込むように近づいて先制攻撃からの殲滅戦だ」
「了解です」
「慎重かつ大胆にな。教えたことを忘れなければ、今のアイセルなら十分に勝てるから」
「はい!」
元気に答えると風下の安全地帯をしっかり確保してから、アイセルは『光学迷彩』で姿を消してすっかりと手慣れた様子で先行していく。
俺はバフスキルの効果範囲から外れないだけの距離を保ちながら、静かにアイセルについていった。
ちなみに『光学迷彩』のスキルはパーティの仲間だけは、なんとなく居場所が分かるようになっている便利なスキルなのだ。
そして姿を現したアイセルが先制攻撃で1体のキングウルフが斬り捨てたことで、戦いがはじまった。
優に5メートルを超えるキングウルフの巨体を相手に、しかしアイセルは一歩も引かずに戦いを繰り広げていく。
そして俺はかなり離れた草むらの中に隠れ潜みながら、それを静かに見守っていた。
アイセルは『縮地』で一気に距離を詰め、『連撃』で複数を同時攻撃し、『残像』で翻弄し、切れ味鋭い魔法剣でバッタバッタとキングウルフをなぎ倒す。
「さすがレベル29のエルフの魔法剣士だな……俺のバフスキルによる強化もあるとはいえ、キングウルフの群れを相手にしてもまだまだ十分に余力があるぞ……」
エルフの魔法剣士という優遇職だからってだけではなく、努力家でいろんなことを率先して学び、決して油断をしない真面目な性格もその強さの一因なのだろう。
強くても調子に乗るタイプは、たいていポカをして痛い目を見るからだ。
そしてそれは往々にして取り返しがつかないことが多い。
でもアイセルに関しては、そういう心配はまったくなさそうだった。
「一流冒険者であるレベル60と言われても納得がいくほどの、凄まじい戦闘力だな……」
ピンチらしいピンチもなく次々とキングウルフの数を減らしていくアイセルを、俺は安心して見ていることができていた。
もし俺にこれだけの力があったとしたら。
バッファーというどうしようもない不遇職じゃなかったら。
アンジュは勇者じゃなくて、俺を選んでくれたかもしれなかったのだろうか――。
――と。
そんなことを考えていると、アイセルが討ち漏らしてしまった一匹が逃げるようにして偶然たまたま俺の方に向かって疾走してくるのが目に入った。
「やべっ、ついてないな――」
この場から逃げることはできなかった。
今の俺はアイセルからかなり距離をとっている。
今俺が逃げたら、アイセルがS級バフスキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』の効果範囲から外れてしまう可能性があった。
こんな状況で万が一にでもアイセルのあがり症が出てしまったら、まずいことになる。
というかアイセルが命を落とす。
そして前衛のアイセルが死ねば当然俺も死んでしまうわけで。
「頼むから、こっちくんなよ……」
俺は息を殺して草むらの奥に身を潜めた。
しかしそんな俺とキングウルフの目が、これでもかとバッチリとあってしまったのだ――!
「げっ!?」
アイセルの仲間だとすぐに理解したのだろう、キングウルフが猛然と俺に襲いかかってくる――!
「ああもうくそ! しゃーない、アレやるか!」
俺は覚悟を決めると腰のポーチから「秘密兵器」を取り出した。
小さなパイナップルのような形をしたアイテムだ。
そして俺は安全ピンを抜くと、自分の足元めがけてそれを投げつけた。
パン!
すると乾いた破裂音と共に煙がもうもうと立ち昇ってきて――直後に尋常ならざる異臭が俺の周りに立ち込める。
「キャウンッ!?」
それを嗅いだキングウルフがまるで子犬のような悲鳴をあげて、即座にひっくり返った。
泡を吹いてピクピクと痙攣したキングウルフは、白目を剥いて完全に気絶している。
「げほっ、ごほっ……見たか、これが秘密兵器のクサヤ・スカンク玉だ。ごほっ、人間よりはるかに鼻のいいキングウルフだ。クサヤ・スカンクのフンを濃縮したこのにおいにはとても耐えられないだろ、げほっ、ごほっ」
もちろんこれには使った俺も無事ではいられない。
猛烈な臭気に当てられて吐き気がするし、咳は止まらないし鼻がツーンとしてるし、涙は次から次へと流れっぱなしだし、目の前がクラクラして意識が飛びそうになってるし。
ついに俺は耐えきれなくなって膝をついた。
完全な自爆攻撃だった。
だけど生きてはいる。
「ふふっ……突き詰めればこれで死ぬようなもんじゃないからな……あまりの臭さに死にたくはなるけど……げほっ、ごほっ、やべっ、マジ吐きそう……うっ……」
しかしこの強烈な臭いの中にいる限り、キングウルフは臭すぎて近づいてこれないのだ。
しかもクサヤ・スカンク玉はまだもう1つ残ってる。
「さぁ来るなら来やがれ……来れるもんならな……」
俺はそれから数分の間、吐きそうなほどの臭気に必死に耐え続けた。
アイセルの戦いが勝利に終わるまで――。
心底情けないと思うかもしれない。
でもこれが不遇職バッファーにできる精いっぱいの戦い方なんだ。
身体を張って必死に戦う前衛のためにも、俺は俺にできることをし続けるのだった。
「あ、でもマジ気分悪い……おえっ……うぐっ……朝めしが出てきそう……うっ……」
余談になるが、御者は途中までただの護衛が手に入ったと喜んで料金をまけてくれていた。
いい奴だな。
持ちつ持たれつ。
顔と名前は覚えたので機会があればまた利用させてもらおう。
話を戻そう。
俺のS級バフスキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』で強化されたアイセルの『索敵レベル21』が、しばらくするとキングウルフの群れを補足する。
「2キロ少し先に多数のキングウルフがいます。正確な数はわからないですけど、おそらく15体から20体くらいかと」
「よくやったアイセル。よし、いつも通り左側、風下から回り込むように近づいて先制攻撃からの殲滅戦だ」
「了解です」
「慎重かつ大胆にな。教えたことを忘れなければ、今のアイセルなら十分に勝てるから」
「はい!」
元気に答えると風下の安全地帯をしっかり確保してから、アイセルは『光学迷彩』で姿を消してすっかりと手慣れた様子で先行していく。
俺はバフスキルの効果範囲から外れないだけの距離を保ちながら、静かにアイセルについていった。
ちなみに『光学迷彩』のスキルはパーティの仲間だけは、なんとなく居場所が分かるようになっている便利なスキルなのだ。
そして姿を現したアイセルが先制攻撃で1体のキングウルフが斬り捨てたことで、戦いがはじまった。
優に5メートルを超えるキングウルフの巨体を相手に、しかしアイセルは一歩も引かずに戦いを繰り広げていく。
そして俺はかなり離れた草むらの中に隠れ潜みながら、それを静かに見守っていた。
アイセルは『縮地』で一気に距離を詰め、『連撃』で複数を同時攻撃し、『残像』で翻弄し、切れ味鋭い魔法剣でバッタバッタとキングウルフをなぎ倒す。
「さすがレベル29のエルフの魔法剣士だな……俺のバフスキルによる強化もあるとはいえ、キングウルフの群れを相手にしてもまだまだ十分に余力があるぞ……」
エルフの魔法剣士という優遇職だからってだけではなく、努力家でいろんなことを率先して学び、決して油断をしない真面目な性格もその強さの一因なのだろう。
強くても調子に乗るタイプは、たいていポカをして痛い目を見るからだ。
そしてそれは往々にして取り返しがつかないことが多い。
でもアイセルに関しては、そういう心配はまったくなさそうだった。
「一流冒険者であるレベル60と言われても納得がいくほどの、凄まじい戦闘力だな……」
ピンチらしいピンチもなく次々とキングウルフの数を減らしていくアイセルを、俺は安心して見ていることができていた。
もし俺にこれだけの力があったとしたら。
バッファーというどうしようもない不遇職じゃなかったら。
アンジュは勇者じゃなくて、俺を選んでくれたかもしれなかったのだろうか――。
――と。
そんなことを考えていると、アイセルが討ち漏らしてしまった一匹が逃げるようにして偶然たまたま俺の方に向かって疾走してくるのが目に入った。
「やべっ、ついてないな――」
この場から逃げることはできなかった。
今の俺はアイセルからかなり距離をとっている。
今俺が逃げたら、アイセルがS級バフスキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』の効果範囲から外れてしまう可能性があった。
こんな状況で万が一にでもアイセルのあがり症が出てしまったら、まずいことになる。
というかアイセルが命を落とす。
そして前衛のアイセルが死ねば当然俺も死んでしまうわけで。
「頼むから、こっちくんなよ……」
俺は息を殺して草むらの奥に身を潜めた。
しかしそんな俺とキングウルフの目が、これでもかとバッチリとあってしまったのだ――!
「げっ!?」
アイセルの仲間だとすぐに理解したのだろう、キングウルフが猛然と俺に襲いかかってくる――!
「ああもうくそ! しゃーない、アレやるか!」
俺は覚悟を決めると腰のポーチから「秘密兵器」を取り出した。
小さなパイナップルのような形をしたアイテムだ。
そして俺は安全ピンを抜くと、自分の足元めがけてそれを投げつけた。
パン!
すると乾いた破裂音と共に煙がもうもうと立ち昇ってきて――直後に尋常ならざる異臭が俺の周りに立ち込める。
「キャウンッ!?」
それを嗅いだキングウルフがまるで子犬のような悲鳴をあげて、即座にひっくり返った。
泡を吹いてピクピクと痙攣したキングウルフは、白目を剥いて完全に気絶している。
「げほっ、ごほっ……見たか、これが秘密兵器のクサヤ・スカンク玉だ。ごほっ、人間よりはるかに鼻のいいキングウルフだ。クサヤ・スカンクのフンを濃縮したこのにおいにはとても耐えられないだろ、げほっ、ごほっ」
もちろんこれには使った俺も無事ではいられない。
猛烈な臭気に当てられて吐き気がするし、咳は止まらないし鼻がツーンとしてるし、涙は次から次へと流れっぱなしだし、目の前がクラクラして意識が飛びそうになってるし。
ついに俺は耐えきれなくなって膝をついた。
完全な自爆攻撃だった。
だけど生きてはいる。
「ふふっ……突き詰めればこれで死ぬようなもんじゃないからな……あまりの臭さに死にたくはなるけど……げほっ、ごほっ、やべっ、マジ吐きそう……うっ……」
しかしこの強烈な臭いの中にいる限り、キングウルフは臭すぎて近づいてこれないのだ。
しかもクサヤ・スカンク玉はまだもう1つ残ってる。
「さぁ来るなら来やがれ……来れるもんならな……」
俺はそれから数分の間、吐きそうなほどの臭気に必死に耐え続けた。
アイセルの戦いが勝利に終わるまで――。
心底情けないと思うかもしれない。
でもこれが不遇職バッファーにできる精いっぱいの戦い方なんだ。
身体を張って必死に戦う前衛のためにも、俺は俺にできることをし続けるのだった。
「あ、でもマジ気分悪い……おえっ……うぐっ……朝めしが出てきそう……うっ……」