S級【バッファー】(←不遇職)の俺、結婚を誓い合った【幼馴染】を【勇者】に寝取られた上パーティ追放されてヒキコモリに→金が尽きたので駆け出しの美少女エルフ魔法戦士(←優遇職)を育成して養ってもらいます

「あ、でもそれならアタシたちもお土産を用意した方がいいんじゃない?」
 シャーリーがふと気づいたように提案をしてきた。

「そうだな、なにか適当に見繕って買っていくか」

「あ、ケイスケ。それなら近くのお菓子屋さんのマカロンが、すごく綺麗でとっても美味しいから買っていこうよ。焼き菓子なら日持ちもするし。もちろんケイスケの奢りで」

「そりゃこんな時くらいはお金を出すけどさ? 俺はパーティの実質リーダーなわけだしな?」
 サクラの言葉に俺は頷いた。

 でもさらっと当たり前のように俺の奢りと言われると、なんとなく腑に落ちないものがなくはない……。
 何度も言うけど、この中でぶっちぎりで一番のお金持ちはサクラなんだからな?

 ちなみにパーティ『アルケイン』の実質リーダーは俺だが、対外的な正式なリーダーはもちろん俺ではなくアイセルである。
 誰しも、20代後半の冴えない後衛職より、凄腕の美少女魔法戦士がリーダーとして活躍する冒険譚を好むからだ。

「あとはお酒も用意した方がいいかもね」
 シャーリーのつぶやきに、

「お酒なら、パパのお気に入りのワインを何本かもらってくるね。なんかね、この前実家に帰った時にパパが言ってたんだけど、30年物のいいワインがあるんだって! 超おすすめって言ってたよ」

 サクラが任せなさいといった感じで上機嫌に応えた。

「なぁサクラ。30年物のワインとか、そんな特上中の特上を何本も融通してもらって本当に大丈夫なのかな? 俺としてはそこが果てしなく不安なんだけど」

 サクラのパパさんといえば、この辺りで一番の名士ヴァリエール家の当主である。
 そんなパパさんが太鼓判を押す超お気に入りのワイン(×複数本)とか、金額的にヤバいのではないだろうか?

「パパはケイスケのことをすっごく気に入ってるから、これくらい全然平気だし。ケイスケが欲しがってたって言ったら、多分10本でも20本でも用意してくると思うよ?」

「頼むからやめてくれな。30年前って、俺の記憶がたしかなら100年に一度のワインの当たり年で、その年のワインの値段は他の年よりゼロが1つ2つ多かったりするんだよ」

「ふーん、ケイスケってワインのことも詳しいんだね」

「だからサクラのパパさんに図々しい奴だって思われて、俺の心証が悪くなったら困るんだ」

 せっかく気に入ってもらえているのなら、このまま良好な関係を維持していきたいです。

「だから大丈夫だってば。この前帰った時もね、ケイスケをヴァリエール家の養子にして家督を継がせてもいいとか言ってたし」

「ははは、サクラにしては面白くない冗談だなぁ」
「だって冗談じゃないもん」

「えっ!?」

「だからほんとの事だし。ケイスケはパパの超お気に入りだもん。若いのに苦労してそうなところが実にいいって言ってたよ。上に立つ人間向きだって」

「なんとも微妙な褒められ方で、コメントに困るんだけど……」
「え、そう?」

 でもヴァリエール家の養子かぁ。
 ってことは超がつくほどのお金持ちになれるってことではあるんだよな。

 ただまぁお金持ちにはなれても「この辺り一帯の顔役」っていうものすごく大きな責任がついてくるから、個人としての自由はあまりなさそうなんだよなぁ。

 あともし養子になったら俺はサクラのお義兄(にい)さんになるわけだけど、それはサクラ的には問題ないんだろうか?

「ま、さすがにそれは俺には荷が重いかな――っていうか、なんでいつの間にかサクラがこの場を仕切ってるんだよ」

「んー、人徳?」

「おいこらサクラ、言うに事欠いて人徳だと? 俺には人徳がないって言いたいのか?」
 今さらっと酷いこと言ったよね?

 とまぁ、話がいつものように無駄に盛り上がったところで、

「まぁまぁケースケ様、素敵なワインを用意してくれるということですし、今日はサクラを立てあげるのが度量の見せ所ではないかと」

 最後にアイセルが綺麗に締めて、次の方針を決める話し合いは――いつものように途中でちょっと脱線しかかったけど――今日も無事に終わったのだった。
 数日後。
 クエストの準備とあわせて、お菓子やらお酒やらのお土産の準備も終えた俺たちは、冒険者ギルドから借りた馬車に乗って南部のアルケイン地方へと向かっていた。

 御者は当たり前のように俺がやっている。
 なんかもう慣れた俺が御者をするのが当たり前、みたいな感じになっている今日この頃だけど、特に不満があるというわけではない。

 むしろこうやってパーティの役に立てるのは、俺としてはとてもありがたかった。
 なにせついこの間も、戦闘でみんなに迷惑かけたばっかりだからね……。

 アイセルの生まれた村は森の中にあるので、近づくにつれてどんどんと緑が色濃くなっていくんだけど、

「なんか、思ってたより道が綺麗に整備されてるような……?」

 俺は田舎という割にはやけに綺麗な道に、なんともチグハグな感じを受けて、思わずそうつぶやいていた。

 街道を外れてもうだいぶん経ったというのに、いまだ道はしっかりと整備されているのだ。

 普通、主要な街道以外の脇道はろくに整備されていないものだ。
 今回みたいに街道を大きく外れて、森の奥深くまで入る道ともなれば草がぼうぼうで大きめの石が落ちていたって、なんら不思議じゃないはずなのに。

 だっていうのに、完全に森の中に入ったというのに道は綺麗に(なら)されているし、そもそもかなり広いし、道の脇にはご丁寧に一定距離ごとに置かれるマイルストーンまで設置される親切設計ときたもんだ。

 完全に整備された主要街道ほどではないけれど、とても通りやすい道だった。

「ええっと……はい……」

 しかしなぜか地元民であるはずのアイセルが、一番不思議そうにあたりをキョロキョロと見回していたのだ。

「どうしたんだアイセル? なにか気になることでもあったのか?」

「気になると言いますか、この辺りの景色がわたしの記憶と全然違うんですけど……」

「げっ、マジか? もしかして道を間違えたか? ちょっと前の分かれ道かな? 悪いシャーリー、そこに地図があるから取ってくれないか?」

「はい、ケースケ」
「サンキュー。えっと今はだいたいこの辺りのはずだろ……」

 俺は馬車のペースを落とすと、ながら運転で地図を見始めたんだけど、

「あ、いえ。道はこれであってるはずです」

 アイセルはそんなことを言ってきたのだ。

「ん? でも景色が記憶と違ってるんだろ?」

「周囲の景色はあってるんです。でもこんな綺麗な道じゃありませんでした。もっと狭くて、それに地面もでこぼこしていたはずです。石とかもけっこうそのままで」

「……ってことは整備工事でもあったのかな?」

「こんな辺鄙(へんび)な、森の中の村へと続く道をですか?」

「でも辺鄙って言うわりに、意外とさっきから人や馬車とすれ違うんだよなぁ」

 俺はそれも疑問だった。
 この道、割と人通りあるよね?

「それも不思議なんですよね。なんの用事があって皆さんこの道を通ってるんでしょうか? だってこの道はこの辺りの村々をつなぐ生活道路で、最後の村まで行くとそこの先は獣道になるんですよ?」

「確かにそれはとても謎だな」
「謎ですよね……」

 俺とアイセルがうんうん頭を悩ませていると、

「この先になんかいい感じの観光スポットでもできたんじゃないの? ついでだから遊んで行こうよ!」
 サクラが超適当なことを言って、

「道はあってるのよね? だったらとりあえずはこのまま進めば分かるんじゃない? 行き来する人の表情を見る限り、特に危険はなさそうだし」

 シャーリーは冷静に分析をしてそう結論づけた。

「じゃあアイセルの村に寄った時に、ついでにその辺りのことも聞いてみるか」

 俺はいったん疑問を棚上げすると、当初の目的地であるアイセルの故郷の村に向かって馬車を進ませることにした。
 さらにしばらく馬車を進ませていくと、ついにアイセルの生まれた村が見えてきた――んだけれど。

「!? !? !!??」

 アイセルが目を大きく見開いて、身を大きく乗り出しながら信じられないって顔で村を凝視していた。

 正直言うと、俺も頭の中がハテナマークでいっぱいだったりする。

 というのもだ。

「あ、『アイセル=バーガー生誕の地』だって。大きな看板だね、アイセルさん。やっぱり地元でもすごい有名人なんだね!」

 サクラが指さした入り口には、

「いやあの……えっと……これはいったい……」

 でかでかと『アイセル=バーガー生誕の地』と書かれた看板のかかった門があり。
 なによりその『辺鄙(へんぴ)な村』と聞いていたその場所は、そこそこの大きさの『町』だったからだ。

 『村』ではなく『町』である。
 規模的にはそう呼んで間違いないはずだ。

 少なくともアイセルから聞かされていた寂れた辺境の村とは、全然まったく違っていて、かなり賑わいのある町だった。

 俺たちは馬車のまま門をくぐって中へと入っていく。
 アイセルはまるで知らない土地にでも来たみたいに、ずっとキョロキョロと周囲を見渡していた。

「まずは馬車を止められるところを見つけないとな。村の中は何もないからどこでも止められるってアイセルの話だったから、この状況はちょっと想定外だな」

「ええと、ええと……すみません」

 俺は人に当たらないように気をつけながら、低速で馬車を進ませていく。
 見ていると、町の中は居住施設ではなく宿泊施設が多いことに気が付いた。

「なんとなく観光地みたいよね」
 シャーリーもそのことに気付いたのか、そんな感想をつぶやく。

 さらには、

「ねぇねぇケイスケ、あれ見てあれ。『元気印のアイセルまんじゅう』だって。ちょっと買ってこうよ」

 サクラの指さした方向を見たアイセルが、

「!!??」

 またもやビックリした顔を見せた。
 そこにはまんじゅうが大量に積まれていて、しかも飛ぶように売れていたからだ。

 サクラは低速走行中の馬車からぴょーんと軽やかに飛び降りると、ささっと店先に行ってまんじゅうの10個入りを買うとぴゅーっと戻ってきた。
 行動の全てに無駄がない、一流冒険者らしい一瞬の早業だった。

「見て見てケイスケ。ほら、表面にアイセルさんの顔が焼き印されてる」

「どれどれ、へぇ結構似てるな。しかもすごく細かいな」
 サクラに見せてもらったまんじゅうの表面には、アイセルの顔が焼き印されていた。

「この精緻な仕上がり……元になる焼きゴテを彫った彫金師は、きっとエルフの凄腕職人ね」
 またまた感心したようにつぶやくシャーリー。

「はふはふ……うん、味も美味しい!」
「おいサクラ、お嬢さまがあんまり大口開けてかぶりつくなよな。百年の恋も一時に冷めるっていうことわざもあるくらいだぞ?」

「えっ、ってことはケイスケは私に恋してるの? やだもー!」
「なんでそうなるんだよ、つーかそこまで嫌そうにすんなよな……」

「じゃあいいじゃん! はむっ、むぐむぐ……うん、おいし!」
「まぁいいけどさ……あ、確かに美味しいな」

 2つ目のアイセルまんじゅうに幸せそうにかぶりつくサクラを見て、俺もアイセルまんじゅうに手を伸ばした。

「でしょ!?」
「ちょうど小腹が減ってたのもあって、うん、俺ももう一個もらうな」

 1つ目をパクリと食べ終わった俺は、さらにもう一個のアイセルまんじゅうに手を伸ばした。
 さらには、

「あんこの甘味が絶妙でとても美味しいわよね。わずかに感じる木の実みたいなフレーバーはなんだろ、くるみかな?」
 甘いものなら任せろなシャーリーが、中のあんこを詳細に分析してみせる。

「な、なぜわたしのまんじゅうが大量に売られて……」

 ただアイセルだけは困惑しきりで、自分の顔が焼き印されたまんじゅうを前に、それどころではない様子だった。

 俺たちはさらに馬車を進ませていき、そしてついにアイセルの実家にたどり着いた――のだが。
「『アイセル=バーガーの生まれ育った家』は現在入場1時間待ちになります。こちらの整理券を持って1時間後にまた来てください。入場料は1人1000ゴールドになります」

 そう列整理をしている係の人に言われた俺は、

「え、ああ、はい……」

 345と書かれた整理券をもらって馬車まで戻った。
 ちなみに馬車は近くの待機場に留めてあるんだけど、1時間で300ゴールドとられてしまう。

 本当になにがどうなってるんだ?

「あのケースケ様、どうして自分の家に入るのに、1時間待たされた上にお金をとられるんでしょうか……?」

 そしてアイセルが心底不思議そうに首をかしげる。

「むしろ俺が聞きたいんだけどな……。ここってアイセルの実家で間違いないんだよな?」

「はい、村は大きく変わってましたけど、この家だけは全く変わっていません。昔のままで、わたしの記憶にある通りです」

「でもその、なんて言うかさ? むしろこの家だけ田舎の民家って感じで、町の中で浮いてるような気がしなくもないというか。ほんとなにがどうなってるんだ?」

「わたしも、いったいなにがどうなっているのやら皆目見当が……」

 アイセルに聞いていた事前情報とは全く違っている村の状況に、俺たちがうんうん頭を悩ませていると、

「アイセルじゃないか! 帰ってたのか!」

 突然そんな声が聞こえてきたかと思うと、一人のおっちゃんが俺たちのところまで――いやアイセルのところまで駆け寄ってきたのだった。

「あ、お父さん!」
 その声に反応したアイセルは、弾んだ声をさせながらおっちゃんに振りむいた。

「やっぱりアイセルか! 大きくなったなぁ、元気そうでなによりだ!」
「お父さんも元気そうで良かった!」

 アイセルとおっちゃんがガシっと抱擁を交わす。

 おおっ、この人がアイセルのお父さんなのか。
 アイセルに似て優しくて気の良さそうな人だな。

 あとアイセルが少し子供っぽい話し方になってるのに、ちょっとほっこりする。
 こんなに子供っぽい言葉遣いのアイセルは初めて見たよ。
 多分これが家族向けの、完全に素のアイセルってことなんだろうな。

「ははは、俺はこの通り元気さ。もちろん母さんも村のみんなも、変わらず元気だからな」

「あのお父さん、そのことなんだけど。村がまるで別世界みたいになっちゃってて、これって何がどうなってるの?」
 アイセルの質問に、

「ん? ああそうかそうか。アイセルは知らないよな。ふふふ、実はな、ちょっと前にこの村はアイセル=バーガー生誕の地として観光開発されたんだよ」

 アイセルのお父さんは、自分の一番の秘密を教える時の子供みたいな顔になって、そう答えたのだった。

「観光開発?」
 そんなお父さんの答えに、アイセルがこてんと可愛らしく首をかしげる。

「村全体を借り上げてアイセルを称えるテーマパークにするって話でな。ほら、向こうにこじんまりとした住宅地が見えるだろ? 俺たちはあっちに引っ越したんだよ」

「そ、そんなことが……!?」

「なにせ手付金と毎月の土地利用料で、ものすごい額が貰えるんだ。道も綺麗に整備してもらえたし、村の皆は大喜びだよ。これも全部アイセルのおかげだ、お前は本当に自慢の娘だ」

「そうだったんだね。えへへ、ありがとうお父さん」
 お父さんに頭を撫でられたアイセルが嬉しそうに目を細めた。

 そして森の中を通る生活道路が綺麗に整備されていたのは、そういう理由だったわけか。
 っていうかアイセルを称えるテーマパークって超すごくない!?

「ちなみにアイセル、そちらの方々はもしかしてパーティ『アルケイン』のメンバーの皆さんかい?」
「あ、うん。こっちの男の人が――」

「初めましてケースケ=ホンダムと申します。パーティ『アルケイン』では後衛のバッファーを務めており、前衛でエースのアイセルさんには常日頃から大変お世話になっております」

 会話を聞きながらずっと話しかけるタイミングをうかがっていた俺は、時は来たとばかりにさわやかな笑顔を浮かべながら、丁寧に自己紹介をした。

 やっぱり第一印象は大事だからな。
 これが俺とアイセルのお父さんとの初対面。
 つまりは絶対に失敗は許されないわけで。

 俺は少しでも感じよく見えるように、猫の額ほども失礼が無いように、最高の自分を演出しながらアイセルのお父さんにあいさつをした。

「おおっ、君が噂のケースケ君か! うんうん、アイセルの手紙にある通り礼儀正しい好青年じゃないか!」

「ありがとうございます、えっとお名前は――」
「ははは、私のことはお父さんと呼んでくれて構わないよ」

「え、ああ、はぁ……ではお父さん?」

「いやなに、アイセルの手紙にはいつも君の話がいっぱいでね。だから君のことは昔からよく知っているみたいな感じがするんだよ」

「ああそうでしたか」

「なによりアイセルがとても世話になっていると書いてあったから、一度会ってみたいと思っていたんだよ。アイセルの面倒を見てくれて本当にありがとう。これからもなにとぞ末永くよろしくしてやってくれるとありがたいな」

「いえいえ、こちらこそアイセルさんには頭が上がりませんので。なにせアイセルさんはいまやSランクパーティ『アルケイン』の絶対エースですから」

「うん? ああ、それもあるけど、それだけでなく色々な意味で末永くだね」

「えっとあの、お父さん、それはいったいどういう意味で――」
 俺が疑問を呈すると、

「も、もうお父さん、その話はいいでしょ!」

 なぜか突然、アイセルが顔を真っ赤にして俺とお父さんの話を遮ってきたのだった。

「ははっ、すまんすまん。ついつい娘可愛さに親心が前に出すぎてしまったようだ。いかんのう」

「この話はもう終了だからね!」
「分かった分かった」

 可愛くプンスカしてみせるアイセルと、優しく苦笑いしながら娘の言葉を聞き入れるお父さん。
 仲がいいとは聞いていたけど、アイセルの家族仲はそれはそれは良好なようだった。

 でもアイセル、ご両親への手紙にいったい何を書いてたんだい?
 変なことは書いていないよな?
 俺はアイセルのことを信じているからね?

 その後サクラとシャーリーも自己紹介をすませると、俺たちはアイセルのお父さんに連れられて今の住居へと案内してもらった。

 そして話を聞きつけきた村のみんな総出での大歓迎会が行われ、アイセルはたくさんの祝福を受けて、これ以上なく故郷に錦を飾ったのだった。

 俺たちが買ってきたお土産も大変喜んでもらえた。

 サクラのパパさん愛飲の30年物超高級ワインが、幅広く人気だったのは当然として。
 もう一つ、サクラお勧めの新作マカロンセットが女性陣にそれはもう大人気で、

「ふふーん、これをお土産に選んだ私の圧倒的センスに感謝しなさいよケイスケ!」
 サクラがいつにも増して調子に乗っていた。

 まぁこれだけの結果を見せられれば、ぐうの音も出ないわけで。

「ありがとなサクラ、お手柄だ」
 俺はサクラに、素直な感謝の気持ちを伝えたのだった。

 そんなこんなで大変盛り上がったその日の夜遅く。
 俺はアイセルとシャーリーと同じ部屋で、布団を並べて寝る準備をしながら、

「まさかこんなに至れり尽くせりで歓迎されるとはなぁ。ちょっと驚いたよ」

 布団の上に足を投げ出してややだらしなく座りながら、満腹のお腹をさすってつぶやいた。
 食べ過ぎと飲み過ぎでお腹はもうパンパンだ。
 だってアイセルのお父さんから、あれやこれやとものすごく勧められたんだもん……。

 ちなみにサクラはさっきまで一緒だったんだけど、

「ケイスケちょっと酔ってるでしょ。だから私は別室で寝るね。酔った勢いでケイスケに襲われて子供がデキたら困るから!」
「デキねえよ、お前は俺を何だと思ってんだ」

「んーと、アイセルさんとシャーリーっていう特上の花を両手に抱えたハーレムの主?」
「あ、はい。すみませんでした、とてもごめんなさい。もう言いません」

「あ、でも二人の子供がデキたら妹みたいで楽しいかもね? 私一人っ子だから、ずっと妹が欲しかったのよね」
「あんまりませたこと言ってんじゃねぇよ」

「わたしはもう十分に大人のレディだもん! ふーんだ! おやすみ!」

「おやすみサクラ。でもほんと今日はありがとな。ワインとマカロンをすごく喜んでもらえてよかった。改めて礼を言っておくよ」

「あ、うん、どういたしまして……」

 という感じのやり取りをした後、隣の部屋に一人で寝にいった。

 それはそれとして。
「ケースケはアイセルのお父さんからすごく気に入られてたもんね。孫の話まで出てたじゃない」

 シャーリーが羨ましそうにつぶやいた。
 シャーリーのお父さんは俺のことを蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っているから、俺と両親との関係が良好なアイセルのことを羨ましく思っているんだろうな。

「でもあれにはちょっと困ったけどな。改善傾向とはいえ、性的不能なことも言い出せないしさ」
「そんなこと言って、満更でもなかったくせに」

 シャーリーがちょっと拗ねたように言ってくる。

「少なくとももうしばらくは、冒険者一本でやっていこうと思ってるよ」

「あら、そのうち孫を作ることは否定しないのね?」

「いやまぁそのな? 病気が治れば、その後はそういうことも往々にしてあるのかな、と思わなくもないというか……まぁその時のことはその時だよ」

「なんにせよ気に入られてるのは良かったわよね。アタシみたいにお父さんの出した条件を攻略する必要もないわけだし」

「だな」

「わたしもこんなに嬉しそうなお父さんを見れて、ほんとうに良かったです。お母さんも村の皆も喜んでくれたし、なにより貧しかった村がこんなに裕福になったんですから」

「裕福だよなぁ。これならもう仕送りもしないでいいんじゃないか?」

「はい。ここが観光スポットになってからの短期間で、もう人生5回分くらいは稼げたってお父さんが嬉しそうに言ってましたから」

「あはは、そりゃあ良かった。でもアイセル、今日の夜くらいご両親と親子水入らずで過ごさなくていいのか? 明日もう一泊したら、すぐ『妖精の森』のクエストに向かうんだぞ?」

 俺はそれだけがちょっと気がかりで、改めてアイセルに問いかけたのだった。

「今日だけでいっぱい話はできましたので、それは大丈夫です。それにわたしの冒険の話を、まるで一緒に冒険していたみたいに知っていましたから。それもこれもケースケ様がわたしを立ててくれたおかげですね」

「ふふふ、俺の計画通りアイセルの故郷までちゃんと活躍が伝わってるし、アイセルをひたすら有名にする作戦は、文句なしに大成功だったな」

「本当にありがとうございました。ケースケ様が自分の分の名声を、全てわたしにくれたおかげです」

「いいっていいって。ほら、木を隠すには森の中って言うだろ?」

「えっと、何かを隠したいなら、似たものがいっぱいある中に隠すのがいいってコトワザですよね?」

「そうそう。逆に1本の木を目立たせようと思ったら、それ以外の余計な木は全部伐採するのが一番手っ取り早いんだ」

「単一化、ワン・イシューってやつね」
 俺の言葉に、シャーリーが補足説明をしてくれた。

 もちろん余計な木っていうのは、戦闘でまったく活躍しない俺のことね。

「やっぱりみんなが興味あって知りたいのは、胸が躍る冒険譚なんだよ。入念な事前準備や、作戦で貢献とか、そういう地味なことは仲間内の話でとどめておくに限る」

 アレもコレもではなく、大多数の大衆が見たいもの・知りたいものをそのものズバリ提供することこそが、なによりも重要なのだ。

「勉強になります……!」

 アイセルがうんうんと頷いた。

「結果的にパーティ『アルケイン』は、アイセルのワントップでSランクにまで駆け上がって、俺もその恩恵をガッツリ享受することができたわけだし。誰も損した奴はいない、みんなハッピーだ」

「ウィン・ウィンの関係って奴ね」

 最後にシャーリーがにっこり笑って話を締めたのだった。

「さてと、話も一段落したしそろそろ寝るか」

 俺はそう言うと布団に入った。
 するとアイセルとシャーリーが当たり前のように布団をひっつけて、俺に身体をくっつけてくる。

 場所は変われど今日もいつも通りに、俺はアイセルとシャーリーと3人で眠りについたのだった。
 翌日。

 この観光地の象徴たるアイセルご本人の到来を知った観光協会の偉い人から、直々に、
「どうかお願いします、なにとぞこの通り!」
 と懇願されたアイセルは、様々な緊急イベントに顔を出すことになった。

 まず最初に行われた『地元初開催! アイセル講演会!』では、観光地となっている地元開催と言うこともあって話が盛り上がりに盛り上がったあげく、アイセルが歌まで披露させられて。

「ううっ、こんなに大勢の前で歌うのは初めて緊張しました……変じゃなかったですか?」

 おかげで顔を真っ赤にして涙目で報告してくる可愛いアイセルを見ることができたのだった。

「安心しろ、すごく上手だったぞ。みんなすごく盛り上がってたし、俺も聞きほれた」
「そうですか? ケースケ様が喜んでくれたならいいんですけど……」

「冒険者って普段から身体を動かしてて肺活量も多いし、戦闘中は大きな声も出すから、歌うのに向いてる職業ではあるんだよな」

「ほんとほんと、すごく上手かったよ! また今度聞かせてね!」
「歌って戦える冒険者として、さらに有名になりそうね」

「なるほどそうか、今度からアイセルの講演会をする時は生歌有りにするのもありかもな。歌姫冒険者アイセルの誕生だ」

「えっとあの。ほ、ほどほどでお願いします……」


 次に行われた『世界初開催! アイセル演武会!』では。

「こちらに用意しましたるは高さ3メートル、幅4メートルを優に超える大岩。この通り、とても硬いこの大岩を今からアイセルさんが斬ってみせます」

 司会の人が大岩を棒でこんこんと叩いて硬さをアピールしながら言うと、

 観衆からは『いくらSランクパーティのエースとはいえ、さすがにこの大きな岩は斬れないんじゃ……』『ちょっと無理じゃない……?』などといった、いぶかしむ声がちらほら聞こえてきた。

 しかしアイセルはというと、恥ずかしそうに歌を歌っていた時とは一転、自信に満ちあふれた顔で岩の前まで歩いていくと、

「では行きます、『剣気帯刃・オーラブレード』!」

 抜刀と同時にスキルを発動した。

「「「「「おおおっ!!」」」」」
 アイセルの魔法剣リヴァイアスが上位スキルによって美しいオーラをまとうと、観衆からは大きな歓声が上がる。

 そしてアイセルは一度大きく深呼吸をして集中力を高めると上段に振りかぶり、

「ハァッ!」
 魔法剣リヴァイアスを袈裟斬りに鋭く振り抜いた!

 チン――ッ!

 とても岩を斬ったとは思えない、鈴が鳴ったような澄んだ高い音がして――しかし大岩には一見何の変化も現れなかった。

 すぐに観衆がざわざわしはじめて、

「すみません、ちょっと失敗しました」
 アイセルが申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。

 観衆からは『やっぱ無理か』『さすがにこれはね』『気にする必要ないよ!』という温かい声が飛んでくる。

「あ、いえ、そういう意味ではなくてですね。綺麗に斬り過ぎて、上手く上の部分が滑り落ちなかったんです」

 言いながらアイセルがコンコンと軽く大岩のてっぺんを剣で叩くと、その上半分がスッと斜めに滑り落ちた。
 大岩の上半分は、そのまま地面に落下してドスンと大きな音をたてる。

 一瞬の静寂の後、

「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!??」」」」」」

 地鳴りのようなどよめきが巻き起こった。

「すっげぇぇぇぇえええ!? っていうか綺麗に斬り過ぎたってなに!?」

 もちろん俺も一緒になって驚いていた。
 俺も一般観衆同様、何が起こったのかちっとも見えておりませんでしたので。
 後衛不遇職のバッファーなめんなよ?

「多分だけど、アイセルさんは力を全て『斬る』ことだけに伝えたの」
 そんなよく分かってない俺に、サクラが解説を始めてくれた。

 さすがだなサクラ。
 アイセルといつも連携戦闘しているパートナーだけあって、サクラは何が起こったのかを正しく理解しているみたいだ。

「『斬る』ことだけに力を伝えた?」
 だけど後衛の俺ではそれだけだとイマイチ分からなくて、オウム返しに聞き返した。

「普通は、斬ると同時に衝撃があるものなの。でもアイセルさんは斬る時の余波や衝撃を限りなくゼロにして、斬るってことただそれだけに全ての力を乗っけてみせたの」

「な、なんじゃそりゃ……」

「綺麗に斬り過ぎたってのは多分そういうこと。もし少しでも衝撃が伝わってれば、大岩の上の部分は勝手に落ちたはずだから」

「お、おう……」

「これって生きた相手にやったら、相手はきっと斬られたことが分からないんじゃないかな」

「ひえぇぇ……」

 常識という枠を完全に越えちゃってるアイセルの剣技に、俺はただただ感心するしかなかったのだった。

「この前戦った傭兵王グレタって、剣神って言われたんでしょ?」
 と、突然サクラがそんな質問をしてきた。

「え? ああそうだよ。でもそれがどうしたんだ?」

「グレタとの戦いで史上最強クラスのすごい剣技を目の前で見せられて、アイセルさんはちょっとコツを掴んだんじゃないかな。戦闘の途中からアイセルさんの動きがどんどん洗練されていったから」

「つまりかつて剣神と呼ばれた圧倒的な強敵との戦いの中で、アイセルはさらなる成長を遂げたってわけか……」

 サクラの解説に、俺は改めてSランクパーティのエースとして名を馳せるアイセルのすごさを認識させられたのだった。

 とまぁそんなこんなしている間にお昼になって、俺たちはご飯を食べることにしたんだけど。
 観光協会の人がイチオシのお弁当を全員分、無料で差し入れしてくれたので、みんなでそれを食べることになった。

「『七色のブレスを喰らいつくせ! 魔法戦士アイセルのレインボードラゴン討伐記念弁当』だって!」
 サクラが弁当の名前を読み上げる。

「すごい煽り文句だな……いったいどんな中身なんだ?」

 さっそくお弁当のふたを開けてみると、中にはカラフルなおかずが詰まっていた。
 お品書きによると、

白:ふっくらつやつや白米
黒:特選アルケイン牛のジューシー焼肉
紫:紫芋のポテトサラダ
緑:ほうれん草のおひたし
金:ふんわり甘い卵焼き
赤:旨辛エビチリ
青:わらびもち

 ということらしい。

「美味しそうだけど、なんていうか割と普通ね。つまり焼肉弁当なのよね?」
 シャーリーが率直な感想を言った。

「あ、7色だからレインボーなんですね。納得です」
 アイセルが納得し、

「透明のわらび餅を青っていうのが若干きついかな」
 俺が気になった点を指摘し、

「うん、お肉おいしい! さすが特選!」
 サクラは既にもぐもぐと食べ始めていた。

「おまえはほんと、いつも好き勝手生きてるなぁ……」
 俺もそれくらいメンタルが強くなりたいよ。

「ねえアイセル、ちょっと疑問なんだけど、この辺りって畜産業が有名なの? 特選アルケイン牛ってあるけど、ここに来るまで牛を飼ってるようには見えなかったかなって思って」

「アルケイン地方ってすごく広いんですよね。南部大森林とその周辺全部ひっくるめてアルケイン地方ですから」

「あらそうなのね」

「なので大森林の外の地域では、牛を育ててるところもあるみたいです。まぁこの辺りではやってないんですけど。森で牛を大量に育てるのは難しいですから」

「あはは、つまり嘘ではないってことね」
 シャーリーが苦笑した。

「じゃあま、せっかくだし俺たちもいただくとするか」
「はい、レインボードラゴンと再戦です!」

「アタシは初めてだけどね」
「ああそっか、シャーリーはあの時はまだ『アルケイン』にはいなかったもんな」

「ねえケイスケ、飲み物ないんだけど。そこの売店でお茶かなんか買ってきてよ?」
「へいへいお嬢さま、すぐに4人分の飲み物を買ってこさせていただきますよ」

 飲み物を用意すると、俺たちは改めていただきますをして、『七色のブレスを喰らいつくせ! 魔法戦士アイセルのレインボードラゴン討伐記念弁当』を完食したのだった。

 イチオシと言うだけあって、味はとても美味しかった。
 なんでも村人たちとの契約で、アイセルの名前を冠する以上は材料から味付けまで手抜きは許されないのだそうな。

 ごちそうさまと言いに行ったときに、観光協会の人がそう説明してくれた。
 『七色のブレスを喰らいつくせ! 魔法戦士アイセルのレインボードラゴン討伐記念弁当』を食べて一服した後。
 午後はみんなでアイセルのテーマ―パークを見て回ることにした。

 ちなみにアイセルはご当地ということもあって、そのままだと激しく目立ってしまうので、麦わら帽子&伊達メガネで変装している。

「えっと、この格好変じゃないでしょうか?」

 アイセルがメガネ越しに上目づかいで、おっかなびっくり聞いてきた。

「ふふっ、とてもよく似合ってるわよ。お忍び旅行中のお嬢さまみたいね」
「そうそう! アイセルさんは元がいいから何着ても似合うし!」
「だよな。アイセルは言葉遣いも丁寧だから、サクラよりもよっぽどいいとこのお嬢さまに見えるぞ」

 三者三様ながら、しかし結論としては意見の一致をみるパーティ『アルケイン』の面々。
 その反応にアイセルもホッと一安心したようだった。

 しかし、

「あのねケイスケ。ケイスケはお嬢さまに夢を見過ぎなのよ。今度クローゼットにでも隠れて、お嬢さま女子会をこっそりのぞき見してみたら? 現実が分かるよ? ねえシャーリーさん」

 サクラがそんなアホなことを言ってきた。

「うーん……?」
 これにはシャーリーも苦笑いだ。

「って言うかそんなことしたら普通に捕まるだろ。完全に変質者だぞ……」

「もしケースケ様が捕まったら、わたしは差し入れを持っていきますね」

「いや、やらないし捕まらないからな? だからアイセルがそんな心配する必要はまったくないんだからね?」

「そうですか……」

「なんでそんなに残念そうな顔をするの……?」
 いったいアイセルが何を思っているのか、俺が捕まる未来に心当たりでもあるのか。
 その辺、少しだけ不安になった俺が尋ねてみると、

「そういえば差し入れという行為をしたことがないなと、思いまして。なのでせっかくだったら一度やってみたいなと」

 なんでも自分で挑戦してみようという、向上心の塊なアイセルらしい答えが返ってきたのだった。

「ま、まぁもし捕まったらその時は頼むな……?」

「はい、お任せあれ!」

 などと和気あいあいと話しながら、俺たちはまずは目についた大きな土産物屋に入ってみた。


【CASE.1】

「お、アイセルモデルの魔法剣リヴァイアスのレプリカ剣だ。ここでも売ってるんだな」

「これどこでも売ってるよね!」

「今も変わらずすごく人気みたいですね。見かけだけじゃなくて性能も良いみたいで、予備の2本目3本目を買うリピーターも多いって聞きました」

「扱ってるのは中央都市ミストラルでも有名な武器防具屋だもんな。お抱えの刀鍛冶も腕のいい職人ぞろいってわけか」

 良い物を作る確固たる技術があり、そこにアイセルモデルと言う最高の宣伝がはまって大ヒットしたわけだ。

「これだけ売れれば、最初に魔法剣リヴァイアスを大出血サービスで売ってくれた元は、取れたでしょうか?」
「もうとっくに取れてると思うぞ。ほんと損して得取れとはよく言ったもんだよ」

「なら良かったです。恩を恩で返すことができました」
 アイセルがにっこり笑って言った。

 ううっ、ほんといい子だなぁもう。


【CASE.2】

「ねぇねぇアイセルさん、『アイセルの木剣(ぼっけん)』だって。これはなに?」

 サクラがアイセルの名前を冠した木の剣を持って、軽く素振りしながらアイセルに質問した。

「多分ですけど、子供の頃にこんな感じの木の剣で剣術の練習してたんです。なのでそれをイメージしたお土産なんじゃないかと。でも懐かしいなぁ……」

 言いながらアイセルはサクラから木剣を借りると、美しい所作で剣を振ってみせる。

 その岩に染み入るような静かな声から察するに、木剣を振るアイセルの心はもしかしたら少しだけ子供時代に戻っていたのかもしれなかった。

 大きく変わってしまったとはいえ、ここはアイセルの生まれ故郷だもんな。
 ここにいるってだけで、色々と思ったり感じたりすることがきっとあるに違いない。

「久々の地元だもんな。やっぱり地元に帰ると、空気からして懐かしいもんだよ」
 だから俺はそっとアイセルの心に寄り添うように、優しくそんな風に言ったのだった。