S級【バッファー】(←不遇職)の俺、結婚を誓い合った【幼馴染】を【勇者】に寝取られた上パーティ追放されてヒキコモリに→金が尽きたので駆け出しの美少女エルフ魔法戦士(←優遇職)を育成して養ってもらいます

「はい、絵を見てみたいなって。あの、どうしたんですかケースケ様?」

「絵……絵か……絵な……絵だ!」

「はぁ……えっと?」

 『絵』という言葉を聞いて、俺の中に小さな違和感が生まれ落ちていた。
 理由は分からないんだけど、何かが俺の頭の片隅でほんのわずかに引っかかったのだ。

 俺は本に載っていた傭兵王グレタの絵を思い出してみる。
 でも何が気にかかっているかまでは、思い至ることはできなかった。

 なんだ?
 俺はいったい何が気になっているんだ?

「本によって傭兵王グレタの身に着けている服や鎧は違ってた。当然だ。戦場では無骨な鎧を装備するし、プライベートでは動きやすい質素な服を着るし、王になってからは王冠をかぶって綺麗に着飾るものだ。そこには何の問題もない」

 俺は違和感の種を探り当てるべく、頭の中に思いついた事を片っ端から列挙していきながら、ぶつぶつと自問自答を始める。

「ですねぇ」

 そこにアイセルが、俺の思考を邪魔しないように――いやむしろ俺の思考を助けるように、タイミングよく相づちを入れてくる。

 これは地味にありがたいな。
 思考がうまい具合に整理される感じがする。

「一次資料と二次資料を分けて考える必要もあるか。後世のいわゆる二次資料は話を膨らませるための創作が入ることも多いもんな。だから絵についても、二次資料はあまり信用はできないかも」

「かもですねぇ」

「仲間との絆。これが遺言であり今回のキーワードだ。傭兵王グレタは、死後に仲間と同じところに埋めて欲しいと言い残すほど、最初から最後までずっと変わらない仲間思いの王さまだった」

 そんな感じで、俺はここまで知り得た傭兵王グレタにまつわる出来事をあれこれ構わず、それこそ思い付いた順に片っ端からあげていき、

「偉くなっても変わらない仲間とのつながり、素敵ですよねぇ」

 そこにアイセルが絶妙に合いの手を入れていく。

 俺はあれこれと言葉にしていきながら、同時にいくつかの資料をペラペラとめくっては、傭兵王グレタの絵を見て違和感の正体を探しにいった


 俺はいったい何が気になったんだ?
 なにが引っ掛かっているんだ?

 でも届きそうで、届かない。
 俺は違和感の正体になかなかたどり着けないでいた。

「なんだか間違い探しの遊びをしてるみたいですね」

 そんな風に絵を見てぶつぶつ呟く俺を評して、アイセルが小さく笑いながら言ってくる。

「ははっ、確かにな。こうやって2つの絵を見比べてると、子供の頃に戻ったみたいだ――ん? 間違い探しだって?」

「はい? えっと、どうしたんですか?」

「そうか――間違い探しだよ」

「ええっと?」

「いや間違い探しじゃない――間違いじゃない探しだ!」

 その言葉を発した瞬間、俺の頭の中に「とあるアイテム」が浮かび上がっていた。

「間違いじゃない探しですか?」

 よく分からないといった感じで小首を傾げるアイセルに、

「アイセル、傭兵王グレタの絵をよーく見比べてみてくれ。何か気付くことはないか?」

 俺はそう言うと、傭兵王グレタの挿絵が載っている本や資料を次々に開いては、机の上に並べていく。

 まだ傭兵王グレタがどこにでもいる一介の傭兵だった頃の絵。
 大きな戦で獅子奮迅の大活躍をして、一躍名をあげた時の絵。

 一番古株の仲間でグレタの半身とも言える盟友を失い、天を仰いで子供のように号泣する絵。

 そしてついには自分たちの国を作り、初代の王になった時の絵。
 生き残った仲間が天寿を迎えて1人、また1人と減っていくのを悲しむ晩年の絵。

 様々な年代の傭兵王グレタの絵を、俺はアイセルに並べて見せた。

「ええっとどれどれ……ええっと、ええと……」

「ヒントは左手」

「左手ですか? 左手、左手、ひだり……あっ!? 腕輪です! ケースケ様、どの絵でも必ず左手に同じ腕輪をしています!」

 アイセルがグレタの左手に付けられた腕輪を指差しながら、興奮を隠し切れずに俺を見た。

「ああ、どの絵を見ても傭兵王グレタは必ず左手に腕輪をしてるんだ。後世に書かれた2次資料では時々してないのもあるけど、1次資料の傭兵王グレタは必ず左手に腕輪をしているんだ」

「これも、このページも、このページも! 間違いありません、服装は違っても必ず傭兵王グレタは左手首に腕輪をつけてます! 戦場でも付けているので分解式の籠手(こて)の一部なんでしょうか?」

「かもしれないな」

「あ、でもでも。王さまになった後は、この腕輪は少し浮いてる感じがしなくもないですか? これだけえらく安っぽいといいますか。腕輪をつけるにしても、もっと豪華なものの方が王さまにはふさわしいような」

「うん、俺もそう思う。それを踏まえた上で、この大勢の傭兵仲間たちと一緒に描かれている絵を見て欲しいんだ」

「……あっ! 他の傭兵たちもみんな、傭兵王グレタと同じ腕輪を左手に着けてます!」

「だろ? そして俺たちが戦った時は、傭兵王グレタはこの腕輪を着けてはいなかったはずだ」

「ちょっと待って下さいね、今思い出してみます。えっと……はい! たしかに左手に腕輪はありませんでした。ってことは――」

 アイセルが期待のこもった瞳で俺を見つめてきた。

「ああ、この腕輪が『仲間の絆』なんじゃないかな」

「仲間との共通の腕輪……」

「例えば戦場で敵味方をパッと判別するために、分かりやすい共通のアイテムをつけるってのは、割とよくあることだろ? もともとは傭兵団だったわけだし」

「つまりこの腕輪は同じ傭兵団だと判別する証であり、しかもそれだけでなく一緒に戦ってきた仲間である証なんですね?」

「おそらくそういうことだ。大切な仲間と同じ腕輪を、傭兵王グレタは王になってからもずっと身に着け続けていたんだよ。共に戦った仲間とのかけがえのない証――絆として」

 そこにはきっと、道半ばで命を落とした仲間への追悼の想いも込められていたに違いない。

「つまり傭兵王グレタは、盗掘によってこの腕輪を盗まれたせいで怒ったわけですね。何よりも大切な仲間の絆を奪われたから」

「多分な」

「きれいに全部繋がりましたね」

「よし、すぐにこのことを冒険者ギルド本部に報告して、死体で見つかった盗掘者が腕輪を持ってなかったかどうか、所持品の確認をしてもらおう」

「ですね!」

 俺たちは大図書館の蔵書を知り尽くし、資料集めを進んで手伝ってくれた司書の方に丁寧にお礼を言ってから大図書館を出ると、まっすぐ冒険者ギルド本部に向かい、腕輪について確認をとった。

 すると――、

「ビンゴですね!」
「ああ、ばっちりだ」

 そこにはかなり古い時代に作られたと思しき、無骨な腕輪があったのだった。

 …………
 ……

 冒険者ギルド本部に詳細な調査報告を終えた俺たちは、

「疲れたわ……うん、疲れた……」
「おう、お疲れさん……頑張ったみたいだな」

 お父さんからやっとこさ解放されてお疲れモードのシャーリーと、

「パパがケイスケに会いたがってたよ? もし暇ができたら是非とも顔を見せてくれって伝えといてって言われた」
「ヴァリエール様が? そうだな、じゃあシャーリーのお父さんが出したクエストが全部終わったら、一度ご挨拶に伺うとするか」

 久々に実家でゆっくり休日を過ごしてリフレッシュしたサクラと合流した。

 そして冒険者ギルドの精鋭プリーストたちを中心とした鎮魂祭祀団とともに、再び国立墓苑へとおもむいた。

 俺たちは傭兵団の絆の腕輪を傭兵王グレタの左腕につけると、丁寧に埋葬しなおしたのだった。

 もちろん既に物言わぬ死者となった傭兵王グレタは、何も語りはしない。

 ただ、

  ――汝に感謝を――

 風に乗ってそんな傭兵王グレタの声が、俺には聞こえたような気がしたのだった。

 傭兵王グレタの御霊(みたま)を無事に鎮魂することができた俺たちは、2日の休養をとった後、次なるクエストに挑むべく戦略会議室(屋敷の居間ね)に集まった。

「次のクエストは『精霊の森』に行こうと思う」
 そこで発した俺の言葉に、

「精霊の森って――」

 アイセルがいの一番にピクッと反応を見せた。
 だがそれもそのはず。

「ああ、今回の行き先はアイセルの故郷のアルケイン地方だな」

「やっぱり!」

 精霊の森があるのはパーティ『アルケイン』の名前の由来でもある、アルケイン地方なのだった。

「アイセルにとっては凱旋ってことになるのかな? せっかくだしアイセルの生まれた村にも寄ってみるか」

「いいんですか?」

「アイセルの故郷の近くまで行くんだし、寄らない理由もないだろ? アイセルは長いこと実家には顔を見せてないんだよな?」

「は、はい。3年前に村を出て以来、一度も帰ってないです……」

 アイセルがちょっとだけさみしそうな顔を見せた。

「だったらちょうどいい機会だ。アイセルのご両親も、すっかり有名になった娘の晴れ姿を見てみたいだろうし」

「あ、私もアイセルさんの生まれたところを見てみたいかも!」
「アタシも興味あるなぁ」

 この提案にはサクラとシャーリーも乗り気のようだった。

「じゃあ満場一致ってことで。先にアイセルの生まれ故郷の村に寄ってから、クエストに取りかかろう」

「皆さん、ご協力ありがとうございます」

 アイセルが声を弾ませて言いながら、折り目正しくお辞儀をした。

「もう、いいっていいって!」

 そしてサクラが進行役の俺を押しのけるようにしゃしゃり出てくると、俺たちを代表してそんな風に答える。
 いやみんな同じ気持ちだからいいんだけどね?

「でもでも特に何もない小さな村ですよ? 森の中の開けたところにぽつんとある感じなので、多分期待するようなものは何もないかなぁって……」

「あれ? エルフは手先が器用だから、精緻な工芸品を作ってるんじゃないのか? 王侯貴族に人気なのはたいがいが、エルフの職人が作った物だって話を聞いたことがあるんだけど」

「えっと、うちの村はいたって平凡な、やや貧しいくらいの村なので……」

「それはそれで風情があるんじゃないかしら?」
 シャーリーが言って、

「私も中央都市ミストラル育ちだから、田舎の村とかほとんど行ったことがないだよねー。だからとても興味ある感じ?」
 サクラも似たような意見を言った。

「よく考えたらシャーリーもサクラも、どっちもいいとこのお嬢さまなんだよな」
 たしか社交界で顔を合わせたことがあるとか、そんな会話もしていたっけか。

 逆に俺はアイセルと似た感じで小さな町の生まれだから、実のところ田舎の町とか村がそんなにいいとは思わないんだよな。

 だって小さな町とか村ってほんとに何もないんだよ?
 人も少ないし。

 初めてでかい街に行った時とか本気でビックリしたもん。
 人ってこんなにたくさんいたんだって。

 あと何年やれるかわからないけど、冒険者を引退した後は俺的には大きな街に屋敷を構えて、お金の心配なく優雅に暮らしたいなぁ。

「まぁアタシはお父さんが冒険者ギルド本部のギルドマスターってだけで、生粋のお嬢さまじゃないけどね。実家が裕福なのは間違いないけど」

「あ、私は生粋のお嬢さまだからね、超バリバリの」

「生粋のお嬢さまは冒険者になろうとも思わないし、超バリバリとかも言わないだろ」

「お嬢さまも普段は言うし! 差別反対だし!」

「差別じゃなくて、ただの一般論だよ」

 そんな風にいつも通りサクラと軽口を言い合っていると、でもサクラはちょっとだけ真面目な顔をして、言ったんだ。
「ケイスケ、前も言ったかもだけど。私はね、一度きりの人生はしっかり使わないともったいないと思ってるのよ」

「え、おぅ」

「だってそうでしょ? せっかく恵まれた環境に生まれたんだから、他の誰よりも一生懸命にサクラメント=ヴァリエールって人生を全うするのが、私の権利であり義務だと思うの――ってどうしたのよケイスケ、変な顔して?」

「いやサクラってまだ12,3才の子供なのに考え方はすごく大人で、人生に関してすごく真摯で情熱的だよな、と改めて感心してたんだ」

「ふふん、好きなだけ崇め奉りなさい!」

「普段の言動はパリピだけどな」
「パリピ?」

「パーティに参加するような高貴な人物って意味の俗語だよ」
「ふーん、そんな言葉があるんだ」

 もちろん嘘である。
 パリピとは「パーリーピーボー」の略で、ギャーギャー騒ぎたがるウェーイ系の人を指す最近流行りの言葉なんだけど、サクラは知らなかったみたいだな。

 ちなみに。
 後日、パリピという言葉の本当の意味を知ったサクラから、
「この前私のこと馬鹿にしたでしょ! パリピって! 知らないと思って馬鹿にしたでしょ!」
 と怒られることになるんだけど、この時の俺はまだそんなことは知る由もないのだった。

 それはさておき。

「それとアイセルの両親にも挨拶しておきたいしな」

「あらケースケ、ご両親にお付き合いを報告するのかしら?」

「いや、あの、べつに、そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど……」

 どんな相手とパーティを組んでいるのか、アイセルのご両親も知りたいだろうなって思っただけで、そんな深い意味はないと言うか……。

「なんで急に、浮気がバレて問い詰められて焦ってる亭主みたいになってんのよ?」
 サクラがジト目で俺を見つめてきた。

「急にご両親に報告とか言われるとな、男はどうしてもドキッとしちゃうもんなんだよ」
「ふーん」

 なにせ俺ときたら、つい先日もシャーリーのお父さんにニセ彼氏として会いに行って、ただそれだけで――怒らせるような言動は「お父さん」と呼んでしまったことくらいなのに――結果的に親の仇のように思われちゃっている真っ最中なのだ。

 なのでご両親に報告すると言われて、若干ちょっと尻込みしちゃうのは仕方なくはありませんか……?

「でも結果的にそういうことにもなっちゃうのかな……?」

「まぁまぁ今はそれはいいじゃないですか。それであの、ケースケ様、せっかくなので家族や村のみんなにお土産を買って帰りたいんですけど、大丈夫でしょうか?」

「もちろんいいぞ。今回はクエストの途中に村に寄ることになるから、馬車は冒険者ギルドのを使える。つまりタダだ!」

「タダタダって、ケイスケってほんとお金にうるさいよね。最近はクエストも順調で、かなり稼げてるでしょ?」

 サクラが横からなんか言ってきたけど、俺は大人なのでさらりとスルーした。
 だいたいお金はあるに越したことないだろう?

 アイセルと出会う前、残り資金が宿代1週間分しかなかった時の、野宿も覚悟した惨めで底辺な気持ちを、俺は一生忘れないから。

「なにせSランクパーティ『アルケイン』のエースの数年ぶりの凱旋帰郷なんだ。好きなだけ空いてるスペースに積み込んでいいからな。よし、お土産を積むことも考えて、ちょっと大きめの馬車を借りておくよ。だから安心して買いこんでくれ」

「何から何まで、本当にありがとうございます」
 アイセルがお礼を言って、また深々とお辞儀をした。

 Sランクパーティの絶対エースでありながら、礼儀正しさを決して忘れないアイセルは、ほんとうに良くできた子だなぁ……。
「あ、でもそれならアタシたちもお土産を用意した方がいいんじゃない?」
 シャーリーがふと気づいたように提案をしてきた。

「そうだな、なにか適当に見繕って買っていくか」

「あ、ケイスケ。それなら近くのお菓子屋さんのマカロンが、すごく綺麗でとっても美味しいから買っていこうよ。焼き菓子なら日持ちもするし。もちろんケイスケの奢りで」

「そりゃこんな時くらいはお金を出すけどさ? 俺はパーティの実質リーダーなわけだしな?」
 サクラの言葉に俺は頷いた。

 でもさらっと当たり前のように俺の奢りと言われると、なんとなく腑に落ちないものがなくはない……。
 何度も言うけど、この中でぶっちぎりで一番のお金持ちはサクラなんだからな?

 ちなみにパーティ『アルケイン』の実質リーダーは俺だが、対外的な正式なリーダーはもちろん俺ではなくアイセルである。
 誰しも、20代後半の冴えない後衛職より、凄腕の美少女魔法戦士がリーダーとして活躍する冒険譚を好むからだ。

「あとはお酒も用意した方がいいかもね」
 シャーリーのつぶやきに、

「お酒なら、パパのお気に入りのワインを何本かもらってくるね。なんかね、この前実家に帰った時にパパが言ってたんだけど、30年物のいいワインがあるんだって! 超おすすめって言ってたよ」

 サクラが任せなさいといった感じで上機嫌に応えた。

「なぁサクラ。30年物のワインとか、そんな特上中の特上を何本も融通してもらって本当に大丈夫なのかな? 俺としてはそこが果てしなく不安なんだけど」

 サクラのパパさんといえば、この辺りで一番の名士ヴァリエール家の当主である。
 そんなパパさんが太鼓判を押す超お気に入りのワイン(×複数本)とか、金額的にヤバいのではないだろうか?

「パパはケイスケのことをすっごく気に入ってるから、これくらい全然平気だし。ケイスケが欲しがってたって言ったら、多分10本でも20本でも用意してくると思うよ?」

「頼むからやめてくれな。30年前って、俺の記憶がたしかなら100年に一度のワインの当たり年で、その年のワインの値段は他の年よりゼロが1つ2つ多かったりするんだよ」

「ふーん、ケイスケってワインのことも詳しいんだね」

「だからサクラのパパさんに図々しい奴だって思われて、俺の心証が悪くなったら困るんだ」

 せっかく気に入ってもらえているのなら、このまま良好な関係を維持していきたいです。

「だから大丈夫だってば。この前帰った時もね、ケイスケをヴァリエール家の養子にして家督を継がせてもいいとか言ってたし」

「ははは、サクラにしては面白くない冗談だなぁ」
「だって冗談じゃないもん」

「えっ!?」

「だからほんとの事だし。ケイスケはパパの超お気に入りだもん。若いのに苦労してそうなところが実にいいって言ってたよ。上に立つ人間向きだって」

「なんとも微妙な褒められ方で、コメントに困るんだけど……」
「え、そう?」

 でもヴァリエール家の養子かぁ。
 ってことは超がつくほどのお金持ちになれるってことではあるんだよな。

 ただまぁお金持ちにはなれても「この辺り一帯の顔役」っていうものすごく大きな責任がついてくるから、個人としての自由はあまりなさそうなんだよなぁ。

 あともし養子になったら俺はサクラのお義兄(にい)さんになるわけだけど、それはサクラ的には問題ないんだろうか?

「ま、さすがにそれは俺には荷が重いかな――っていうか、なんでいつの間にかサクラがこの場を仕切ってるんだよ」

「んー、人徳?」

「おいこらサクラ、言うに事欠いて人徳だと? 俺には人徳がないって言いたいのか?」
 今さらっと酷いこと言ったよね?

 とまぁ、話がいつものように無駄に盛り上がったところで、

「まぁまぁケースケ様、素敵なワインを用意してくれるということですし、今日はサクラを立てあげるのが度量の見せ所ではないかと」

 最後にアイセルが綺麗に締めて、次の方針を決める話し合いは――いつものように途中でちょっと脱線しかかったけど――今日も無事に終わったのだった。
 数日後。
 クエストの準備とあわせて、お菓子やらお酒やらのお土産の準備も終えた俺たちは、冒険者ギルドから借りた馬車に乗って南部のアルケイン地方へと向かっていた。

 御者は当たり前のように俺がやっている。
 なんかもう慣れた俺が御者をするのが当たり前、みたいな感じになっている今日この頃だけど、特に不満があるというわけではない。

 むしろこうやってパーティの役に立てるのは、俺としてはとてもありがたかった。
 なにせついこの間も、戦闘でみんなに迷惑かけたばっかりだからね……。

 アイセルの生まれた村は森の中にあるので、近づくにつれてどんどんと緑が色濃くなっていくんだけど、

「なんか、思ってたより道が綺麗に整備されてるような……?」

 俺は田舎という割にはやけに綺麗な道に、なんともチグハグな感じを受けて、思わずそうつぶやいていた。

 街道を外れてもうだいぶん経ったというのに、いまだ道はしっかりと整備されているのだ。

 普通、主要な街道以外の脇道はろくに整備されていないものだ。
 今回みたいに街道を大きく外れて、森の奥深くまで入る道ともなれば草がぼうぼうで大きめの石が落ちていたって、なんら不思議じゃないはずなのに。

 だっていうのに、完全に森の中に入ったというのに道は綺麗に(なら)されているし、そもそもかなり広いし、道の脇にはご丁寧に一定距離ごとに置かれるマイルストーンまで設置される親切設計ときたもんだ。

 完全に整備された主要街道ほどではないけれど、とても通りやすい道だった。

「ええっと……はい……」

 しかしなぜか地元民であるはずのアイセルが、一番不思議そうにあたりをキョロキョロと見回していたのだ。

「どうしたんだアイセル? なにか気になることでもあったのか?」

「気になると言いますか、この辺りの景色がわたしの記憶と全然違うんですけど……」

「げっ、マジか? もしかして道を間違えたか? ちょっと前の分かれ道かな? 悪いシャーリー、そこに地図があるから取ってくれないか?」

「はい、ケースケ」
「サンキュー。えっと今はだいたいこの辺りのはずだろ……」

 俺は馬車のペースを落とすと、ながら運転で地図を見始めたんだけど、

「あ、いえ。道はこれであってるはずです」

 アイセルはそんなことを言ってきたのだ。

「ん? でも景色が記憶と違ってるんだろ?」

「周囲の景色はあってるんです。でもこんな綺麗な道じゃありませんでした。もっと狭くて、それに地面もでこぼこしていたはずです。石とかもけっこうそのままで」

「……ってことは整備工事でもあったのかな?」

「こんな辺鄙(へんび)な、森の中の村へと続く道をですか?」

「でも辺鄙って言うわりに、意外とさっきから人や馬車とすれ違うんだよなぁ」

 俺はそれも疑問だった。
 この道、割と人通りあるよね?

「それも不思議なんですよね。なんの用事があって皆さんこの道を通ってるんでしょうか? だってこの道はこの辺りの村々をつなぐ生活道路で、最後の村まで行くとそこの先は獣道になるんですよ?」

「確かにそれはとても謎だな」
「謎ですよね……」

 俺とアイセルがうんうん頭を悩ませていると、

「この先になんかいい感じの観光スポットでもできたんじゃないの? ついでだから遊んで行こうよ!」
 サクラが超適当なことを言って、

「道はあってるのよね? だったらとりあえずはこのまま進めば分かるんじゃない? 行き来する人の表情を見る限り、特に危険はなさそうだし」

 シャーリーは冷静に分析をしてそう結論づけた。

「じゃあアイセルの村に寄った時に、ついでにその辺りのことも聞いてみるか」

 俺はいったん疑問を棚上げすると、当初の目的地であるアイセルの故郷の村に向かって馬車を進ませることにした。
 さらにしばらく馬車を進ませていくと、ついにアイセルの生まれた村が見えてきた――んだけれど。

「!? !? !!??」

 アイセルが目を大きく見開いて、身を大きく乗り出しながら信じられないって顔で村を凝視していた。

 正直言うと、俺も頭の中がハテナマークでいっぱいだったりする。

 というのもだ。

「あ、『アイセル=バーガー生誕の地』だって。大きな看板だね、アイセルさん。やっぱり地元でもすごい有名人なんだね!」

 サクラが指さした入り口には、

「いやあの……えっと……これはいったい……」

 でかでかと『アイセル=バーガー生誕の地』と書かれた看板のかかった門があり。
 なによりその『辺鄙(へんぴ)な村』と聞いていたその場所は、そこそこの大きさの『町』だったからだ。

 『村』ではなく『町』である。
 規模的にはそう呼んで間違いないはずだ。

 少なくともアイセルから聞かされていた寂れた辺境の村とは、全然まったく違っていて、かなり賑わいのある町だった。

 俺たちは馬車のまま門をくぐって中へと入っていく。
 アイセルはまるで知らない土地にでも来たみたいに、ずっとキョロキョロと周囲を見渡していた。

「まずは馬車を止められるところを見つけないとな。村の中は何もないからどこでも止められるってアイセルの話だったから、この状況はちょっと想定外だな」

「ええと、ええと……すみません」

 俺は人に当たらないように気をつけながら、低速で馬車を進ませていく。
 見ていると、町の中は居住施設ではなく宿泊施設が多いことに気が付いた。

「なんとなく観光地みたいよね」
 シャーリーもそのことに気付いたのか、そんな感想をつぶやく。

 さらには、

「ねぇねぇケイスケ、あれ見てあれ。『元気印のアイセルまんじゅう』だって。ちょっと買ってこうよ」

 サクラの指さした方向を見たアイセルが、

「!!??」

 またもやビックリした顔を見せた。
 そこにはまんじゅうが大量に積まれていて、しかも飛ぶように売れていたからだ。

 サクラは低速走行中の馬車からぴょーんと軽やかに飛び降りると、ささっと店先に行ってまんじゅうの10個入りを買うとぴゅーっと戻ってきた。
 行動の全てに無駄がない、一流冒険者らしい一瞬の早業だった。

「見て見てケイスケ。ほら、表面にアイセルさんの顔が焼き印されてる」

「どれどれ、へぇ結構似てるな。しかもすごく細かいな」
 サクラに見せてもらったまんじゅうの表面には、アイセルの顔が焼き印されていた。

「この精緻な仕上がり……元になる焼きゴテを彫った彫金師は、きっとエルフの凄腕職人ね」
 またまた感心したようにつぶやくシャーリー。

「はふはふ……うん、味も美味しい!」
「おいサクラ、お嬢さまがあんまり大口開けてかぶりつくなよな。百年の恋も一時に冷めるっていうことわざもあるくらいだぞ?」

「えっ、ってことはケイスケは私に恋してるの? やだもー!」
「なんでそうなるんだよ、つーかそこまで嫌そうにすんなよな……」

「じゃあいいじゃん! はむっ、むぐむぐ……うん、おいし!」
「まぁいいけどさ……あ、確かに美味しいな」

 2つ目のアイセルまんじゅうに幸せそうにかぶりつくサクラを見て、俺もアイセルまんじゅうに手を伸ばした。

「でしょ!?」
「ちょうど小腹が減ってたのもあって、うん、俺ももう一個もらうな」

 1つ目をパクリと食べ終わった俺は、さらにもう一個のアイセルまんじゅうに手を伸ばした。
 さらには、

「あんこの甘味が絶妙でとても美味しいわよね。わずかに感じる木の実みたいなフレーバーはなんだろ、くるみかな?」
 甘いものなら任せろなシャーリーが、中のあんこを詳細に分析してみせる。

「な、なぜわたしのまんじゅうが大量に売られて……」

 ただアイセルだけは困惑しきりで、自分の顔が焼き印されたまんじゅうを前に、それどころではない様子だった。

 俺たちはさらに馬車を進ませていき、そしてついにアイセルの実家にたどり着いた――のだが。
「『アイセル=バーガーの生まれ育った家』は現在入場1時間待ちになります。こちらの整理券を持って1時間後にまた来てください。入場料は1人1000ゴールドになります」

 そう列整理をしている係の人に言われた俺は、

「え、ああ、はい……」

 345と書かれた整理券をもらって馬車まで戻った。
 ちなみに馬車は近くの待機場に留めてあるんだけど、1時間で300ゴールドとられてしまう。

 本当になにがどうなってるんだ?

「あのケースケ様、どうして自分の家に入るのに、1時間待たされた上にお金をとられるんでしょうか……?」

 そしてアイセルが心底不思議そうに首をかしげる。

「むしろ俺が聞きたいんだけどな……。ここってアイセルの実家で間違いないんだよな?」

「はい、村は大きく変わってましたけど、この家だけは全く変わっていません。昔のままで、わたしの記憶にある通りです」

「でもその、なんて言うかさ? むしろこの家だけ田舎の民家って感じで、町の中で浮いてるような気がしなくもないというか。ほんとなにがどうなってるんだ?」

「わたしも、いったいなにがどうなっているのやら皆目見当が……」

 アイセルに聞いていた事前情報とは全く違っている村の状況に、俺たちがうんうん頭を悩ませていると、

「アイセルじゃないか! 帰ってたのか!」

 突然そんな声が聞こえてきたかと思うと、一人のおっちゃんが俺たちのところまで――いやアイセルのところまで駆け寄ってきたのだった。

「あ、お父さん!」
 その声に反応したアイセルは、弾んだ声をさせながらおっちゃんに振りむいた。

「やっぱりアイセルか! 大きくなったなぁ、元気そうでなによりだ!」
「お父さんも元気そうで良かった!」

 アイセルとおっちゃんがガシっと抱擁を交わす。

 おおっ、この人がアイセルのお父さんなのか。
 アイセルに似て優しくて気の良さそうな人だな。

 あとアイセルが少し子供っぽい話し方になってるのに、ちょっとほっこりする。
 こんなに子供っぽい言葉遣いのアイセルは初めて見たよ。
 多分これが家族向けの、完全に素のアイセルってことなんだろうな。

「ははは、俺はこの通り元気さ。もちろん母さんも村のみんなも、変わらず元気だからな」

「あのお父さん、そのことなんだけど。村がまるで別世界みたいになっちゃってて、これって何がどうなってるの?」
 アイセルの質問に、

「ん? ああそうかそうか。アイセルは知らないよな。ふふふ、実はな、ちょっと前にこの村はアイセル=バーガー生誕の地として観光開発されたんだよ」

 アイセルのお父さんは、自分の一番の秘密を教える時の子供みたいな顔になって、そう答えたのだった。

「観光開発?」
 そんなお父さんの答えに、アイセルがこてんと可愛らしく首をかしげる。

「村全体を借り上げてアイセルを称えるテーマパークにするって話でな。ほら、向こうにこじんまりとした住宅地が見えるだろ? 俺たちはあっちに引っ越したんだよ」

「そ、そんなことが……!?」

「なにせ手付金と毎月の土地利用料で、ものすごい額が貰えるんだ。道も綺麗に整備してもらえたし、村の皆は大喜びだよ。これも全部アイセルのおかげだ、お前は本当に自慢の娘だ」

「そうだったんだね。えへへ、ありがとうお父さん」
 お父さんに頭を撫でられたアイセルが嬉しそうに目を細めた。

 そして森の中を通る生活道路が綺麗に整備されていたのは、そういう理由だったわけか。
 っていうかアイセルを称えるテーマパークって超すごくない!?

「ちなみにアイセル、そちらの方々はもしかしてパーティ『アルケイン』のメンバーの皆さんかい?」
「あ、うん。こっちの男の人が――」

「初めましてケースケ=ホンダムと申します。パーティ『アルケイン』では後衛のバッファーを務めており、前衛でエースのアイセルさんには常日頃から大変お世話になっております」

 会話を聞きながらずっと話しかけるタイミングをうかがっていた俺は、時は来たとばかりにさわやかな笑顔を浮かべながら、丁寧に自己紹介をした。

 やっぱり第一印象は大事だからな。
 これが俺とアイセルのお父さんとの初対面。
 つまりは絶対に失敗は許されないわけで。

 俺は少しでも感じよく見えるように、猫の額ほども失礼が無いように、最高の自分を演出しながらアイセルのお父さんにあいさつをした。

「おおっ、君が噂のケースケ君か! うんうん、アイセルの手紙にある通り礼儀正しい好青年じゃないか!」

「ありがとうございます、えっとお名前は――」
「ははは、私のことはお父さんと呼んでくれて構わないよ」

「え、ああ、はぁ……ではお父さん?」

「いやなに、アイセルの手紙にはいつも君の話がいっぱいでね。だから君のことは昔からよく知っているみたいな感じがするんだよ」

「ああそうでしたか」

「なによりアイセルがとても世話になっていると書いてあったから、一度会ってみたいと思っていたんだよ。アイセルの面倒を見てくれて本当にありがとう。これからもなにとぞ末永くよろしくしてやってくれるとありがたいな」

「いえいえ、こちらこそアイセルさんには頭が上がりませんので。なにせアイセルさんはいまやSランクパーティ『アルケイン』の絶対エースですから」

「うん? ああ、それもあるけど、それだけでなく色々な意味で末永くだね」

「えっとあの、お父さん、それはいったいどういう意味で――」
 俺が疑問を呈すると、

「も、もうお父さん、その話はいいでしょ!」

 なぜか突然、アイセルが顔を真っ赤にして俺とお父さんの話を遮ってきたのだった。

「ははっ、すまんすまん。ついつい娘可愛さに親心が前に出すぎてしまったようだ。いかんのう」

「この話はもう終了だからね!」
「分かった分かった」

 可愛くプンスカしてみせるアイセルと、優しく苦笑いしながら娘の言葉を聞き入れるお父さん。
 仲がいいとは聞いていたけど、アイセルの家族仲はそれはそれは良好なようだった。

 でもアイセル、ご両親への手紙にいったい何を書いてたんだい?
 変なことは書いていないよな?
 俺はアイセルのことを信じているからね?

 その後サクラとシャーリーも自己紹介をすませると、俺たちはアイセルのお父さんに連れられて今の住居へと案内してもらった。

 そして話を聞きつけきた村のみんな総出での大歓迎会が行われ、アイセルはたくさんの祝福を受けて、これ以上なく故郷に錦を飾ったのだった。

 俺たちが買ってきたお土産も大変喜んでもらえた。

 サクラのパパさん愛飲の30年物超高級ワインが、幅広く人気だったのは当然として。
 もう一つ、サクラお勧めの新作マカロンセットが女性陣にそれはもう大人気で、

「ふふーん、これをお土産に選んだ私の圧倒的センスに感謝しなさいよケイスケ!」
 サクラがいつにも増して調子に乗っていた。

 まぁこれだけの結果を見せられれば、ぐうの音も出ないわけで。

「ありがとなサクラ、お手柄だ」
 俺はサクラに、素直な感謝の気持ちを伝えたのだった。

 そんなこんなで大変盛り上がったその日の夜遅く。
 俺はアイセルとシャーリーと同じ部屋で、布団を並べて寝る準備をしながら、

「まさかこんなに至れり尽くせりで歓迎されるとはなぁ。ちょっと驚いたよ」

 布団の上に足を投げ出してややだらしなく座りながら、満腹のお腹をさすってつぶやいた。
 食べ過ぎと飲み過ぎでお腹はもうパンパンだ。
 だってアイセルのお父さんから、あれやこれやとものすごく勧められたんだもん……。

 ちなみにサクラはさっきまで一緒だったんだけど、

「ケイスケちょっと酔ってるでしょ。だから私は別室で寝るね。酔った勢いでケイスケに襲われて子供がデキたら困るから!」
「デキねえよ、お前は俺を何だと思ってんだ」

「んーと、アイセルさんとシャーリーっていう特上の花を両手に抱えたハーレムの主?」
「あ、はい。すみませんでした、とてもごめんなさい。もう言いません」

「あ、でも二人の子供がデキたら妹みたいで楽しいかもね? 私一人っ子だから、ずっと妹が欲しかったのよね」
「あんまりませたこと言ってんじゃねぇよ」

「わたしはもう十分に大人のレディだもん! ふーんだ! おやすみ!」

「おやすみサクラ。でもほんと今日はありがとな。ワインとマカロンをすごく喜んでもらえてよかった。改めて礼を言っておくよ」

「あ、うん、どういたしまして……」

 という感じのやり取りをした後、隣の部屋に一人で寝にいった。

 それはそれとして。