リヴィング・メイルが出る国立墓苑への移動中の馬車の中で、

「ケイスケ、何をそんなに袋いっぱいに持ってきたの?」

 サクラが俺が用意した「とあるもの」を指さして言った。

「これは塩だよ」

「塩? そんな袋いっぱいの塩なんか何に使うのよ?」

「ゴーストに塩が効果あるらしくてさ、ちょっと試そうかなって思って」

 俺が理由を説明すると、

「あははははっ! ケイスケって頭いいのに意外とバカなんだね。塩でゴーストが倒せるわけないじゃん」

 俺の回答に、サクラが大口を開けて&指を差しながら笑った。

「いやいやそれがな、最新の魔獣研究報告書によると、効果がなくもない……らしいんだよ」

 魔獣研究報告書ってのはこの前読んでいたアレね。
 シャーリーとアイセルが裸同然でやってきて、焦って落としちゃったあの本ね。

「なにその微妙な言い回し? 効果がなくもない、なんて」

「そりゃまあ何らかの効果が……なくもなかったんだろうな」

「曖昧な書き方ねぇ。そもそも信用できるのその本?」

「魔獣研究報告書は、冒険者ギルド本部が何十年にも渡って出し続けてる、世界でもっとも信頼できる魔獣本だっつーの」

「ふーん」

「せっかくだしサクラも今度読んでみろよ。俺たちはSランクパーティだから、ギルドでタダで借りれるからな。魔獣の絵もいっぱい載ってるから面白いぞ?」

「んー、遠慮しとく。まずは戦闘面の強化を優先したいし」

「そうか、それも大事だな」

 今は知識の習得よりも、技術的な向上に重きを置きたいわけだ。
 こう見えてサクラも、意外と考えて行動はしているんだよな。

「でもさすがに塩はないでしょ? だって塩だよ?」

「まぁそうなんだけど、少なくとも何らかの効果がなければ本には書かれない……はずなんだよ」

「その言い方だと、ぶっちゃけケイスケもあんまり信じてないんでしょ? 塩がゴーストに効くだなんて」

「そりゃおまえ、塩を撒いただけでゴーストをどうにかできたら、苦労はないだろ」

「だよねー!」

「さらに言えば、なんで塩限定なんだよ。砂糖や小麦粉じゃだめなのか? ゴーストにとって塩と砂糖と小麦粉のなにが違うんだ、って思わなくもない」

「だよねー!!」

 俺は現実的な疑問と。
 でも最新の魔獣研究報告書に書いてあるんだから、完全に嘘ってことはないという期待感と。

 両者の間で葛藤しながら、もしかしたらという可能性に賭けたのである。

 幸いなことに今は大きな袋いっぱいの塩を買い込むだけの金銭的余裕もあるし、戦闘中に塩を投げるだけならとても簡単だ。

「ま、なんだ。戦闘能力が低いバッファーの俺にとっちゃ、身を守るために少しでも可能性があるのなら試してみても損はないかな、って思ったんだよ」

 つまりはそういうことである。

 バッファーはとても弱く、他の恵まれた職業とは違った方向での努力が常に求められるのだ。
 だてに最不遇職ゴミカスクズザコバッファーなどとは言われていない。

「確かに、食わず嫌いで試しもせずに否定するのはよくないわよね」

 ここまで興味深そうに塩とゴーストの話を聞いていたシャーリーがうんうんと頷き、

「何でも自分で試してみる行動力、さすがですケースケ様!」

 アイセルもニッコリ笑顔で俺を後押ししてくれる。

「ところで余った塩はどうするの?」

「おいこらサクラ、さも効果がない前提で言うんじゃない。効果抜群で全部使い切るかもしれないだろ」

「えー?」

「イワシの頭も信心からって言うんだ、信じればきっと効果がなくはない……はず……と思う」

 俺はつい目を泳がせながら言ってしまった。

「だからもうそれケイスケ自身が信じてないじゃん……」

「だって塩がゴーストに効果あるとか、どう考えても納得いかないんだもん……」

「あ、言っちゃった……」