「そりゃあ知ってるよ? だってSランクパーティのメンバーだもん」

「ですって、良かったですねケースケ様」

「お、おう、そうだな」

 アイセルの言葉に相づちこそ打ったものの、俺は少しだけ警戒心を抱いていた。
 俺の名前をフルネームで知っているとは、こいつ何者だ!?

 どう考えても怪しすぎる!

「あ、これケーキコンテストに出す予定の新作ケーキの試作品なんだけど。無料サービスするからよかったら食べてー」

「いいんですか?」

「もちろーん、新進気鋭のパーティ『アルケイン』のおかげで、近隣の魔獣も減って経済も活性化してるし、これはちょっとした感謝の気持ちってことでー」

「じゃあせっかくなので、いただきますね♪」

「あと感想を聞かせてくれたりすると嬉しいかも?」

「それくらいお安い御用です――」

「待てアイセル」

「はい?」

 ケーキにフォークを指したままの姿で動きを止めたアイセルが、不思議そうな顔で俺を見つめてきた。

「ただより怖いものはないってな。特に商人がただと言ったときは要注意だ」

「あははー、おにーさんは心配性だね~♪」

「どんな些細なことでも金儲けにつなげてみせるのが、優秀な商人だからな。そして君はとても優秀な商売人に見える。察するに君がここのオーナーのココかな?」

「せーかーい、名推理だね。おにーさん、やるう!」

 にこやかな笑顔でおべっかを使うココを前に、俺は頭を高速回転させていた。
 さっきまでの会話でなにか気になる点はなかったか?

 コンテストに出す新作のケーキ、さりげなく要求したアイセルの感想……。
 そうか、そういうことか。

「ココ、このケーキをコンテストに出す予定って言ったよな」

「言ったっけ~?」

「確かに言ったよ。そのコンテストに俺たちの名前を利用するつもりだな?」

「んー?」
 ココが笑顔のままとぼけた顔をして、

「どういうことですか?」
 アイセルはまだよく分からないって顔をしていた。

「Sランクパーティ『アルケイン』のエースたるアイセルが絶賛したケーキ――とかなんとか言葉を添えて出せば、人は先入観でとても美味しいものだと思ってしまうんだよ」

「まさかそんなことはないと思うんですが……」

「いや、人は基本的に権威主義だ、偉い人がそう言うのならそうかも、と思うもんなんだよ」

「はぁ……」

「考えても見ろ、どこの店も自慢の一品を出してくるんだ。となればおそらく勝負はほとんど差がない状態での、ごくごく僅差の争いになる。そこで別方面からのアピールになるのが付加価値だ」

「付加価値ですか……?」

「アイセルの感想を貰うことで、ココは自分の出すケーキにこれ以上ない大きな付加価値を付けようとしてるんだよ」

「ま、まさかそんなことは……疑うのは悪いですよ、ねぇココさん」

 アイセルが同意を求めるようにココに視線を向けると、

「にゃはは、バレちゃった」
「えええっ!?」

「やっぱりな」

「おにーさんってば、すごく切れ者だね~。パーティ『アルケイン』がシンデレラストーリーを駆け上がった最大の理由は、もしかしなくてもおにーさんにあったりして?」

「それは買いかぶり過ぎだ、うちはどこまでもアイセルが絶対エースのパーティだよ」

「ふーん、りょーかーい。そうゆーならそーゆーことにしとくね! で、ケーキは食べるの、食べないの? ちなみに自信作だよん♪」

「う、うう……た、食べな……食べ……食べな……食べ……」

 アイセルが激しく葛藤していた。
 甘いものに目がないアイセルは、コンテスト用に制作された美味しそうな新作ケーキに、いたく心惹かれているようだった。

「まぁいいんじゃないか? 勝手に名前を利用されると困るけど、逆にここまで明け透けに白状してくれたら、そこは好感が持てるっていうか」

「おおっ、おにーさんは、なかなか話が分かるタイプだね?」

「ただし節度を持ってやるんだぞ。やりすぎと嘘は絶対にダメだからな」

「あいさー」

「それとできればアイセルの宣伝もしといてくれ、そしたら今回に限っては、少しくらいなら名前を使ってもいい」

「ウィン・ウィンの関係ってやつだね。おにーさんとはココ、うまくやってけそうな気がするかも? よかったら奥の秘密のお部屋で、いろいろ特別サービスしちゃうよ~?」

「いつの間にか深みにはめられて、抜けられなくされそうだから遠慮しておく」

「ざーんねん♪」
 ココが特に残念でもなさそうに笑顔で言った。

 なんとなくココの人となりが分かった気がするな。
 あれだ、信用はできるけど信用しすぎるとダメなタイプだ。
 
「えっと、じゃあいただきますね? 食べますよ? 食べます!」

 話が一段落をしたのを見計らってアイセルが宣言した。
 ご満悦で新作ケーキを食べ始める。

「どうかなどうかな?」
「すっごくおいしーです」
「そりゃ良かったな」

「特にこのスポンジの――」
「おっ、アイセルさん分かってるねぇ~♪ 実は――」

 アイセルとココのケーキ座談会が始まり、最終的に他の新作ケーキも味見することになって、とても喜んだアイセルだった。

 ちなみに後日聞いた話では、ココのケーキはトップ3には入れなかったものの審査員特別賞を獲得したらしい。
 審査員特別賞、実に政治的な臭いがする賞だね。

 そのお礼として受賞したケーキと、どれでも一品20%引きのクーポンがパーティメンバーの4枚分届けられていた。

「ほんと、やることなすことちゃっかりしてるなぁ……」

 新進気鋭のやり手商売人ココに、俺は心底感心したのだった。