「ぐぬぅっ! まさか1つ目のクエストをこんなにも早くクリアするとはな……!」

 クエスト完了を報告に行った俺とシャーリーに、シャーリーのお父さんは眉間にしわを寄せながら声を絞り出すようにして言った。

 もはや悔しさを隠そうともしていない。
 南部諸国連合全域を預かる冒険者ギルド本部のギルドマスターとしての立場を忘れ、完全に公私混同してしまっていた。

「お父さん、それクエストを無事に完了したパーティにかけるギルドマスターの言葉じゃないわよ?」

 シャーリーが呆れたように言うと、

「ふん、これは有能な我が娘さえいれば簡単に片がつくクエストだったからな、ある意味仕方がないか。だが他のクエストはそうはいかんぞ、覚悟するがいいケースケ=ホンダム!」

 シャーリーのお父さんは俺をビシッと指差すと、親の仇とばかりに睨みつけて吠え叫んできた。

「だからそれ、ギルドマスターがかける言葉じゃないってば……まぁいいわ。じゃあ報告も終わったことだしケースケ、早く帰りましょうか。アタシ疲れちゃった」

「? 待つのだ我が娘よ。その男といったいどこに帰ると言うのだ?」

「え? ケースケの屋敷に帰るんだけど?」

「は……? その男の屋敷だと?」

「ケースケってばもう大きなお屋敷持ってるのよ。アタシも今はそこで一緒に住んでるの。いわゆる同棲中」

「あれはサクラにもらったものであって、俺が購入したというわけでは――」

 俺はいらぬ誤解を与えないように、そう伝えようとしたんだけど、

「同棲だと!? そんなものワシは断じて認めんぞ! 一緒に住むとかそういうのはきちんと結婚してからにしなさい! 貴様も、我が娘の純朴さに付け込んでたぶらかしおってからに!」

 シャーリーのお父さんは顔を真っ赤にして激高してしまっていて、つまり俺の話なんて欠片も聞いちゃいなかった。
 あと、かつて歴戦の猛勇だっただけあって凄まれるとマジで怖いです……。

「嫌よ」

 そしてそれを短い一言で門前払いしちゃうシャーリー。
 すごい、俺にはとても真似できないよ。

 あと同じ屋敷に住んでいるってだけで、同棲ではないと思うんだ。
 ただの普通の、パーティメンバーによる共同生活だよな?

 もちろん意味的には「同棲」は単に「一緒に住む」ってことだから、言葉の上では間違ってはないんだけれど。

 ただ、シャーリーのお父さんの考えてる「同棲」は、明らかにそういうことではないよね?
 男女の特別な営みだと思っちゃってるよね?

 そりゃ夜は一緒に寝てるけど、ただ寝るだけで特別なアレやらナニやらをしてるわけではないんです。
 生活する部屋だってちゃんと別だし、アイセルもサクラもハウスキーパーのメイドさんだって一緒なんです。

「我が娘よ、今なんと……」

「嫌って言ったのよ。アタシももういい年だし、好きな人と同棲するくらい普通でしょ」

「世間など知らぬ! ワシは許さん!」

「お父さんちょっと落ち着いてください、同棲といっても単に一緒に住んでるだけで――」

 俺は誤解を解くべく、さらに柔らかな笑顔を浮かべて誠心誠意で説明しようとしたんだけど、

「ケースケ=ホンダム、貴様に『お父さん』などと呼ばれる筋合いはないわぁっ!」

 シャーリーのお父さんが今日一番の怒声をあげた。

 はい、言葉のチョイスを完全に間違えました。
 すみません。
 火に油を注いでしまいました。

「はいはい、その話はまた後日ね。アタシ疲れてるの。行くわよケースケ」

「え、いや、でも……」

「ああそう、これからは地元の冒険者ギルドを通じて報告を上げるから、いちいちここには報告には来ないからね」

 さらに一方的に言ってスタスタと部屋を出ていこうとするシャーリーに、俺は慌ててついていく。

「待て待て我が娘よ、話はまだ――」

 なおもシャーリーのお父さんは話を続けようとしたんだけど、

「申し訳ありませんシェフィールド様。武器防具ギルドの代表の方がお見えになっておりますので、そろそろ」

 シャーリーと入れ替わるように入ってきた秘書のような人にそう言われて、

「ぐぬぬぬぬ……、ふんっ!」

 憤怒の表情を浮かべてプイっとそっぽを向いた。
 いい年してあんた子供かよ。

 ほんとどうしようもない親バカっぷりを見せつけられたんだけど、実はこう見えてシャーリーのお父さんはギルドマスターとしての評判は上々だし、かつては最強のSランクパーティを率いていた百戦錬磨の凄腕フロントアタッカーなんだよなぁ。

 我を忘れてしまうほどに、シャーリーのことを大事に思ってるってことなんだろうけど。

 俺はそんなことを思いながら、シャーリーを追ってギルドマスターの執務室を後にした。