華小路(はなこうじ)家四代目当主・華小路一三(はなこうじいちぞう)氏の遺言で一姫(かずき)を後継者に指名したことが発表されたのは、一三(いちぞう)氏が逝去された翌日のことだった。
 姉たちに比べても年の離れた一姫(かずき)が相続権を持つことに、当然反発は強かった。表向きでは従って見せても、内心納得していない者も少なかったのである。
 こうした状況がより顕著になったのは、一三(いちぞう)氏の1周忌が催された時だった。

「ほぉら、一姫(かずき)ちゃん! 新しいぬいぐるみだよ、これでぬいぐるみ王国には更に住人が増えちゃうね、ははは」

「もう、今時ぬいぐるみなんて古いよ。何せ今はスマホの時代なんだから。ほら、一姫(かずき)ちゃん。これはまだ発売されていない、あの有名なメーカーの最新機種よ」

「ええー、女の子ならスマホなんかよりも当然ドレスよね? 見て、ここの金の刺繡綺麗でしょ? これ、本物の金よ」

「私は一姫(かずき)ちゃんのために専用のお庭を造ったんだよ? ほら見て、この見渡す限りの薔薇畑を!」

「……」

 集まってきた分家たちが、ご機嫌を取ろうと次々に度の過ぎたプレゼントを披露していく。しかし彼らは一姫(かずき)の薄い反応を前にしても、それを止めることはなかった。他の使用人たちは来客の給仕に奔走しながら、その様子を窺っていた。

 華小路(はなこうじ)家ではこういう時、使用人によってどの分家のお世話をするのかが、明確に決められている。彼らの間には選抜試験をクリアした『精鋭組』と、他の分家の口利きで華小路(はなこうじ)家をお仕えするようになった『推薦組』に分けられていた。
 この二つのグループは表向きでは仲間意識を保っているかのように見せかけていたが、裏では互いをいがみ合うような関係だ。イジメといった深刻な問題はなかったものの、精鋭組は“楽して土足でプロの現場に踏み込んだ素人の集まり”と軽蔑し、推薦組は精鋭組のことを“自意識過剰な集まり”と見下す。

 そして、この日は“偶然”にも精鋭組の使用人たちが“研修旅行”で華小路(はなこうじ)邸を出払っていた。
 この異常事態を察知して急いで帰還した、ただ一人を除いて。
 
「ご無事でしたか、お嬢様」

「……雅代(まさよ)

「遅くなり誠に申し訳ございません、お嬢様。貴女様の雅代(まさよ)がただいまより、帰還しました」

 わざと分家たちの間を割って幼き主人に接近し、綺麗なお辞儀をする。無遠慮な舌打ちに雅代(まさよ)は耳をピクリとさせて、振り返って彼らを見据えた。

「自称お嬢様付き(レディース)メイドのお出ましか。おい貴様、研修旅行はどうした?」

 当時の雅代(まさよ)はただ一姫(かずき)お嬢様付き(レディース)メイドになるという口約束を交わしただけで、まだ正式な手続きを踏んでなどいなかった。しかしその直後、華小路(はなこうじ)家はすぐに大混乱に陥っただけあって、手続きをするタイミングを見逃した。
 それでも、彼女は『一姫(かずき)のお嬢様付き《レディース》メイド』として名乗り続けて、幼い主人のために行動した。
 この時から既に分家たちの間では『お飾りに魅入られた憐れなメイド』として定着したが、本人は気にも留めなかった。

「ハッ、せっかくのご厚意で恐縮ではございますが、すっぽかしてきました」

「たかが使用人の分際で勝手な真似は許さんぞ! 何様のつもりだ。一体、いくら金を積んでやったと思ったんだ! 我々の――」

「もう止めてやれ。まだお飾りの前だぞ」

 一人の分家に止められ、ハッとする男。人前でも一姫(かずき)のことをそう言い慣れすぎた結果、本人の前でも口を滑らせた。が、一姫(かずき)一姫(かずき)で言われ慣れ過ぎた故に、ただ足下を見つめるだけ。
 主人の代わりに、雅代(まさよ)が睨みを利かせると、分家の男もハッとなり。言い訳しようにも取り付く島すら与えられないまま、全員まとめて雅代(まさよ)に追い出されることになった。

「このクソメイド、覚えとけよ!」

「はいはい、二度とこの屋敷に踏み入れないよう、願うばかりでございます」

 重厚な正面玄関のドアを閉めて、そこに背中を預けて一息入れる雅代(まさよ)
 本来であれば、使用人がこのようなことをしても決して許されないはずだが、彼女は使用人であっても、本家に仕える精鋭組の使用人である。そのため、例え分家の連中でも彼女の言い分には逆らえない。
 けれど100人ものの使用人の内、推薦組が7割、精鋭組が僅か3割。
 そしてその精鋭組の中でも果敢に分家の連中に立ち向かうのは、残念ながらたった雅代(まさよ)一人のみ。だから、彼女は一年間ずっと一人で一姫(かずき)を守っているわけだが、さすがに限界があると感じた。

――一刻も早くこちら側の人間を確保しなければ、お嬢様おろか、ひいては本家の存続も危ない。
 扉から背中を離したと同時に、雅代(まさよ)がそう決心をついた。