「それで、お二人はどうしてここに? お嬢様と一緒にかくれんぼをするのでございましょう?」

 いつまでもふざけている亮の代わりにみおが口答する。彼女の説明を一通り聞き終わった後、雅代(まさよ)が納得の頷きをしたが、

「なるほど。確かに、それはいい案かもしれませんが……。何もワタシの趣味を邪魔していい理由にはならないと思いますけどね」

 納得いかなくて文句を言う。考案者がそこでバカっぷり全開の亮であることを聞くと、誰もが納得できるわけがないだろう。
 「お巡りさ――」と再度電話のフリをしようとする亮に、「やかましい」と雅代(まさよ)が割り込んだ。

「同じネタを二度もやらないで頂きたいものです」

「二度美味しいという言葉があるではないですカ!」

「あ、動き出した!」

 みおの声によって、先程まで対立していた二人の視線が一斉に姫の背中に集中。
 確かに姫は一歩ずつ前進しているものの、その背中からやる気の欠如が感じられて。わざわざ水を差すような真似をするのも癪なので、亮はじっと見守ることにした。
 主人が遠ざかっていくのを確認してから、雅代(まさよ)が人差し指を唇に当ててしっと言う。

「これからは静かにお願いします。あんまり大きいだと、お嬢様に気付かれてしまう恐れがございますので」

「うん! みお、静かにする!」

「フフ、みお様はいい子でございますね」

――こんな風に笑うこともできるのか。
 そんな感想がぼんやりと彼の脳裏をかすめて、「亮も静かにしまース!」と調子に乗ったが、

「下郎、うるさいですわよ」

 返ってきた睨み付きの叱りに、思わず「ナンデェ?!」と叫んだ。
 そんな彼に向かって、二人は同時にシーと口の前に人差し指を立てた。たとえお調子者の亮であっても、反発する気が湧かないだろう。

 尾行――もとい、かくれんぼが始まってから15分が経過。
 最初はみおもワクワクしながら二人と一緒に姫を尾行していたが、姫の緩慢な動きを見ているうちに、彼女の表情も次第に曇ってきた。

「お姉ちゃん、歩くの遅いね。まるで、みおたちを見つけたくないみたい」

 その言を聞いた雅代(まさよ)は肯定も否定もせず、ただ静かに目を瞑った。
 実際、進んでいるとはいえ、頭はずっと下を向くままでまともに二人を探そうともしない。消極的な彼女の後ろ姿は、なんだか暇を潰しているようにも見える。
 
――もしかして、姫はかくれんぼが嫌いなんだろうか。
 そんな発想が亮の頭によぎった。しかし、今の彼にとってそんなことはどうでもいい。それよりも、この沈んだ空気をなんとかせねばの方が重要だ。

「――退屈だァ!」

「ちょっと下郎。気持ち悪いから、急に声を荒げないでもらえません? 気持ち悪いから」

「二回言わなくてもいいよネ?! 泣くヨ! 感涙がドパドパと出っちゃうヨ?! 鶴喜(つるき)だけに、な!」

 既に二人に冷めた目で見られている上に、次第に通りすがりの患者やスタッフの視線にまで晒されている事態に発展している。けれど、そんなこともお構いなしに騒ぎ続ける亮。

「私がここで泣いてもいいノ! もう、とことんやっちゃいますけどそれでもいいノ!?」

「下郎、うるさいです」

「おふ! はいすみませんでした。お口チャクします」

「お兄ちゃん、情緒不安定?」

 感情の起伏の激しい亮を目の当たりにして、みおは首を傾げながら言った。最後の方はややたどたどしい感じになったが、それもまた可愛らしい。
 その様子に触れて、雅代(まさよ)は母性が刺激されたかのようにそっと抱き寄せて、優しい口調で諭すように言う。

「かくれんぼが終わりましたら、必ず下郎から離れてくださいね、みお様」

「うん!」

「ちょっと二人とも、やけに私にだけ厳しくナァ~イ?」

「黙らっしゃい」

「おぅ、如何にも()れそうな目! まさしく女王様そのもの! 鶴喜亮(つるきりょう)、今この瞬間、黙りますブヒ!」

「できれば、未来永劫黙っていてください」

「おふ、厳しイィィ!」
 
 一段落ついたところで小さな笑いが起こって、次第に周りの人間がそれぞれの用事に戻っていった。
 何の変わりもなかったかのように見えても、先程と比べて場の空気が断然に明るくなった。自分の馬鹿さ加減で周囲の笑いを買った亮に一瞥をして、姫の後ろ姿に視線を戻す雅代(まさよ)
 彼なら、恐らく、きっと――。
 そんな淡い期待を胸にしまって、主人の寂しそうな背中を見守り続けた。