肌寒さに震えて目を覚ます。幸せだった頃の夢を見ていた。

――私たち、別れよう。

 五年前の今日、はっきりそう言われたはずなのに。

 カラカラに乾いた喉を潤すために、蛇口を雑に捻りガラスのコップに水を注ぐ。まだ波打ったままの水を一気に飲み干した。

 テレビをつけると、天気予報が流れていた。

「本日午後から夕方にかけて、雨模様となるでしょう」

 気象予報士の言葉を軽く聞き流す。画面上部に表示された時刻を見て、僕はチャンネルを変えた。

 ほどなくして春香の主演ドラマが流れだした。社会現象にまでなった漫画が原作の恋愛ドラマだ。画面の中で春香は僕以外の男と手を繋ぎ、抱き合い、キスをする。嫉妬心に駆られながらも目を離せない。そんな経験を幾度となく繰り返してきた。

 部屋中に彼女のポスターを貼り、彼女の出演したドラマのDVDは彼女の台詞を一言一句覚えてしまうほど繰り返し視聴した。あどけない子役時代のものから、僕たちが恋人同士だったわずかな期間のものまで、可能な限り買い集めた。

 普通の女の子の春香は水。名女優の折笠春香はクリームソーダ。みんなが女優の折笠春香を求める中、僕だけが普通の女の子としての春香を見ていたから、僕は春香の特別になれた。なのに、僕は特別を捨てた。

 僕の手から零れ落ちた春香の面影を探して、金魚鉢いっぱいのクリームソーダを飲むかのように無機質な画面の中に女優としての春香を求めた。

 クリームソーダの中で魚は生きていけない。春香が愛してくれた僕はあの日死んだのだ。

 僕のスマートフォンが震える。高校時代のクラスのグループトークに本宮京子がメッセージを送信していた。すぐにそのメッセージにリプライがついた。

「春香のウェディングドレス姿、綺麗だったよね」

「春香、高校の時から早く結婚したいって言ってたよね」