彼女と友達の会話全てに聞き耳を立てていたわけではないけれど、印象に残っている会話がある。それがいつ頃だったかはもう覚えていないけれど、本宮を含む派手な男女グループで恋愛論を展開していた。

「私、結婚願望強い方だと思う。好きな人と恋人になれたら、すぐにでも結婚したいな。学生結婚もありだと思ってるよ」

「学生結婚って、『高校生の花嫁』みたいな? 春香がそういうの好きなのめっちゃ意外!」

 本宮は当時大人気だった少女漫画のタイトルを例示して大げさに驚いた。少女漫画には珍しく、若い世代を中心に男性にも人気だったらしいが世間知らずの僕は当然読んだことがない。そういうタイトルの漫画があることを知っていたのも、水泳部の女子が貸し借りをしているのをたまたま見たからだ。

「だよねー! 春香は仕事が恋人って言うかと思ってたー! 大女優って結婚しない人も多いしさあ」

「だって国家公認で永遠の恋人になれるんだよ。それって素敵じゃない?」

 春香はさらりと「永遠」という強い言葉を口にした。その横顔に僕は目を奪われていた。クラスメイト達は大袈裟なほどに盛り上がっていた。

「もしかして春香、すでに好きな人がいるなー? 誰? 共演してる人?」

 本宮の口から出てきた名前はおそらく有名な俳優だったのだろう。春香は首を横に振り続け、女子たちは「私も芸能人と結婚したい」と言い出し、気づけば話題は芸能界の話に移行していった。

 友達が皆去った後、春香は僕に声をかけた。

「ごめんね。うるさかった?」

「全然。折笠が楽しそうで何より」

「うん」

 春香はにっこりと笑った。眩しい。そう思った。

 春香が参加するならば、と今まで参加していなかったテストの打ち上げにも参加するようになった。

「クリームソーダ、ひとつください」

 どんな喧噪の中でも、どんなに席が離れていても春香の声はよく通った。彼女の声だけが鮮明だった。

「お疲れ様。今回数学難しくなかった?」

「そうだね。数学が一番苦手だからきつかった」

「僕は国語と英語が苦手」

 その会話がきっかけで、僕たちは勉強を教え合うようになる。春香は現代文と英語が得意科目だった。春香は真面目だったから一緒に勉強をすると捗った。

「赤点とるわけにいかないじゃない? 恥ずかしいし」

「僕も補習になって練習時間減ったら終わる」

 試験前は部活が禁止になる。その期間が僕は大嫌いだったけれど、春香と一緒に勉強をするようになってからは嫌ではなくなっていた。プールの水色一色だった高校生活に、綺麗な桜色が混ざり始めた。