春香は交通事故で死んだ。雨でスリップした車が、制御を失って歩道に突っ込んだ。僕はそれを人伝に知った。

 春香の葬式には同級生だけでなく、仕事の関係者と思われるかなり年上の人やスポーツ中継で見たことのあるアナウンサーや芸能界に極端に疎い僕でも知っているほどの有名人も参列していた。

 春香の死があまりに突然だったことと参列者があまりに多かったことから、最期にきちんと春香に向き合えたとは到底言えなかった。もう遅いけれど、春香にちゃんと謝りたかった。

 僕の金魚たちは後を追うように死んだ。僕は空っぽのまま、二匹の金魚を庭に埋めた。人魚の春香と大樹は一緒のお墓で永遠に隣にいられるのに、僕は死ねなかった。

 現実が呑み込みきれないまま、四月のはじめに春香の実家を訪問した。線香をあげにきたと思われる人たちがちょうど春香の家から出て行くところだった。弔問客を見送った春香の母親と目が合った。

「春香に会いに来てくださった方ですか」

「はい」

「ありがとうございます」

 春香の母親は深々と僕に頭を下げた。

「春香とはどういったご関係の方でしょうか」

「僕は……」

 答えに詰まった。春香は家族にすら彼氏がいることを伝えていない。春香がいなくなった今、春香と僕が恋人だったことを証明するものは何もないのだ。

 春香はかつて、好きな人ができたら結婚して国家公認カップルになりたいと言っていた。僕はなれなかった。国家どころか、春香の身近な人にすら認められていない。

――ソモソモ、モウ、彼氏ジャナイ。

 聞きたくもない幻聴が頭の中に響く。違う。僕は別れようの言葉に対して頷いていない。だから、まだ恋人なんだ。必死に幻聴を振り払った。

――春香ハ、オマエヲ彼氏ダト思ッテイナイ。

 やめてくれ。僕たちは恋人だったんだ。震えが止まらなくなった。

「あの、大丈夫ですか? どうかされましたか?」

 僕はきっと相当に顔色が悪くなっていたのだろう。心配をかけないように早く答えなくては。クラスメイトと答えようとしたが、その肩書にも「元」がつくことに気づいた。春香との関係は終わってしまったのだ。そう思うと息ができなくなる。

――嫌ワレタンダヨ、オマエ。

 春香は僕に別れようと言った。あれは恋人関係を終わらせようと言う意味だ。恋人ではなくなったかもしれない。ならば、無難に友人ですとでも言えばいい。あの言葉は絶交という意味ではない、はずだ。でも、それを確かめるすべはない。

――ソモソモ、最初カラ、釣リ合ッテイナカッタジャナイカ。本当ニ、好カレテイタノカ?

 春香は天国で僕を恋人と呼んでくれるのだろうか。せめて、元恋人として付き合っていた事実そのものを葬り去らずにいてくれるのだろうか。僕をまだ友人だと思ってくれているのだろうか。分からない。

 僕は春香の恋人か、友人か、その他大勢か、それ以下か。もう誰も答えてくれない。

 その事実が怖くなって、僕は黙って逃げ出した。大声で呼び止められたが、走って逃げた。

 僕は春香の何なのだろう。僕は何者なんだ。僕は、僕は、僕は……。

 その答えは未だに分からないままだ。