エアコンの効かない冬の廊下は、底冷えがする。私は冷たくなった手をこすり合わせて温めた。

 そうしながら頭で考えていたのは、(かなめ)先生のことだ。

 今日もきっと、要先生は音楽室で私を待っている。

「卒業式まで、弾き方の指導はするよ」

 そんなふうに、約束してくれたのは要先生なのだ。

 音楽室の前に立つと、ふいに、さっきまでは聞こえなかったピアノの音が聞こえてきた。

 私たち、今年の三年生が卒業式で歌うことになっている『旅立ちの日に』の前奏だ。

 一音ずつに少し余韻が残るようなピアノの弾き方。音楽科の要先生が弾くピアノの音に、胸の奥がきゅっと狭くなる。

 先生の優しいピアノの旋律に、悲しいニュースに沈んでいた心が癒やされていく。

 このドアを開ければ、先生が私を待っている。そうして、いつものように三日月型に目を細めて笑うんだ。私の名前を呼びながら。

「おはよう、星名」

 音楽室のドアを開くと、グランドピアノの椅子に座った要先生が振り返る。

 私の名前を呼ぶ、透明感のあるテノール。首をかしげたときに、さらりと揺れる黒髪。私に向けられる優しいまなざし。

 要先生と目が合った瞬間、私の胸がドクンと鳴った。

「先生……!」

 あわてて駆け寄ろうとして、ドアのレールにつま先をひっかけて躓く。