このままじゃ、要先生が見えなくなってしまう……。

 溢れてくる涙を袖で拭おうとすると、要先生の指が私の目元に触れる。そうしても、私の涙は止まるはずもなくて。要先生が哀しそうに目を細めて首をかしげた。

「ね、わかるでしょ。俺にはもう、何もできない」

 要先生の大好きな声が、悲しそうに震えて私の耳に届く。

「それでもいいです。それでも私は――」

 駄々をこねる子どもみたいに首を横に振ると、ふわりと要先生の気配が近付いてきた。次の瞬間、要先生の唇がそっとやさしく、私の額に触れる。

 驚いてかたまる私に、要先生が優しい目をしてふっと笑いかけてくる。

「卒業おめでとう、星名。これからの君の未来が、希望に満ちたものになることを願ってる」

 要先生の透明感のある柔らかなテノールが、耳元で響く。

 思いがけないキスと言葉に動けなくなる私を残して、要先生が音楽室のドアを開けた。

「先生……!」

 ドアの向こうに吸い込まれるように消えていく要先生。その背中を追いかけようと音楽室の外に飛び出した瞬間、ドンッと正面から誰かにぶつかった。

「……、ごめんなさいっ!」
「ごめんっ……!」

 ぶつけたところをさすりながら謝ると、相手にも謝られる。

 顔をあげてみると、ぶつかった相手は沖田くんだった。