「違っ……」

 要先生に無理やり付き合ってもらったのは私だ。

 私のそばを通り過ぎて行こうとする要先生に手を伸ばす。要先生の腕をつかもうとした私の手が、素通りしてすり抜ける。

 私は、もう要先生に触れられない。

 要先生が「卒業まで付き合う」と約束してから三週間。ずっと気付いて気付かないフリをしてきた事実に泣きそうになる。

 わかってる。わかってた。初めから――。

 でも……。

「好きです、先生……」

 私は先生が好きだ。

 音楽科の向井要先生が事故で亡くなったと聞いた雪の日の前から。今もずっと……。

「ありがとう」

 薄く笑いながら要先生が返してくるのは、私の「好き」への定型文。

「私が先生に返してほしいのはそんな言葉じゃない……」
「ごめんね。だけど、星名がほしい言葉を返してあげるのは俺じゃないよ。約束したでしょ、卒業するまでだ、って」

 音楽室のドアの前に立った要先生が、私を振り返る。

「待ってください、先生。これで本当にさよならなんですか?」
「そうだよ」

 縋りつこうと駆け寄る私に、要先生が優しく微笑みかけてきた。

 良くない予感で、私の鼓動が速くなる。

 要先生のそれは、本気で私に別れを告げようとしてる目だ。

「や、だ……、先生。音楽室(ここ)でしか会えないなら、卒業しても私が毎日会いにきます。だから、これからも一緒にいてください」
「星名は、結構わがままだよね」

 ぽたぽたと涙を落とす私を見つめて、要先生が困ったように笑う。その笑顔が、溢れてくる涙でぼやけた。