卒業式が終わると、私は要先生に会うために音楽室に走った。

 必ず会いに行くと約束したからだ。

「先生……!」

 勢いよくドアを開けると、窓際に立っていた要先生がゆっくりと振り返る。

 要先生の姿は、窓から差し込む柔らかな春の陽に溶けて消えてしまいそうで、私は慌てて先生のそばへと駆けた。

「せ、先生……」

 声をつまらせる私に、要先生がふっと笑いかけてくる。

「いい演奏だったね。みんなの歌も、星名のピアノもすごくよかった」
「……聴いてくれてたんですか?」
「だって、用意されてたでしょ。俺の席」
「でも……」

 職員席の真ん中にあった空席。あそこに、要先生はいなかった。

 混乱する私に、要先生が少し淋しそうな目で微笑みかけてくる。

「うん、見えてないのかなあとは思ってた」

 要先生の言葉に、心臓がおかしなふうにドクンと跳ねる。そのまま耳を塞ごうとして、けれど間に合わず……。

「たぶん、俺と星名が会えるのは音楽室(ここ)だけなんじゃないかな」

 耳に届いた要先生の言葉が、今まで考えないようにしてきた現実を私に突きつけてくる。

「そ、んなことないです……。見えてましたよ、私。体育館でもちゃんと、先生のこと」

 無理やり笑おうとする私に、要先生が悲しいまなざしを向けてくる。

「星名、ありがとう。卒業まで俺に付き合ってくれて」

 要先生が、私に手を伸ばしてふわりと頭を撫でる。けれど実際には要先生の手が直接私に触れることはなく、頭上でわずかに空気が揺れる気配がしただけだった。