「先日、僕たちは大切な先生を失いました。音楽の授業をとっている生徒だけでなく、全学年の生徒のことを気にかけて優しく声をかけてくれていた向井要先生。下の名前で呼んでいる生徒もたくさんいるほど、生徒たちからの信頼も厚く、僕たち三年生が受験を控えて自由登校に入る前も、『卒業式でいい報告待ってるからな』と笑顔で励ましてくれました。僕たちも、今日の卒業式でそれぞれにいい報告をして、向井先生から『おめでとう』の言葉を言ってもらえるのをあたりまえのことのように思っていました。けれど、それはもう叶いません。今も悲しみの気持ちは消えませんが、いつもそばにいてくれる人が、ずっとあたりまえにそばにいるとは限らない。向井先生との突然の別れに、僕たちは命の尊さやそばで支えてくれている人の大切さをあらためて考えさせられました」
沖田くんが向井先生のことを話し出すと、卒業生たちの席からすすり泣く声が聞こえてきた。
沖田くんは、そのあとも先生や保護者、在校生への感謝の言葉を述べていたけど、沖田くんが思いがけず向井先生のことに触れたせいで、私の胸が掻き乱される。
「卒業生代表 三年一組 沖田 智紀」
沖田くんが名前を言ってお別れの言葉を締めると、体育館に卒業生や在校生、保護者のすすり泣く声が響く。それを聞きながらぼんやりしていると、司会の先生がそっと寄ってきた。
「星名さん」
小さな声で名前を呼ばれてハッとする。
そうだ、ピアノ……。
沖田くんの答辞のあとに、『旅立ちの日に』を歌うのだ。