音を立てないように、グランドピアノの椅子に座ると、体育館の来賓席と職員席を確認する。何度か確かめたけれど、職員用の席はひとつだけ空いていて、そこに要先生の姿はなかった。
やっぱり、卒業式には出席しないんだな……。
最後の演奏は、要先生にも聞いてもらいたかったのに。
膝に置いた手をそっと握りしめると、マイクのスイッチが入る音がして、沖田くんが話し始めた。
「厳しかった寒さも日ごとに和らぎ、あたたかな春の訪れを感じさせる季節になりました。本日は僕たちのために心温まる卒業式を挙行していただきありがとうございます」
沖田くんの張りのあるはっきりとした声が、マイクを通して体育館に響く。
沖田くんは一組の出席番号一番だからだと顔を顰めていたけれど、彼の声はよく通って聞きやすく、卒業生代表としてふさわしい。
入学したときのこと、修学旅行や体育祭での思い出。沖田くんが、高校三年間で体験してきたことを話すのを聞きながら、私がピアノの前で思い起こすのは要先生のことだった。
初めての音楽の授業で音楽室に現れた先生がイケメンすぎてびっくりしたこと。歌う声が綺麗で感動したこと。
授業中、先生のことをこっそり眺めるだけだった日々。
卒業式のピアノ伴奏者に選ばれてから、音楽室で過ごした先生との特別な時間。
私の高校生活の中心にあったのはずっと、要先生への「好き」の気持ち。
泣きそうになるのを堪えながら唇に力を入れたとき、高校生活の思い出を語っていた沖田くんの口調が少し変わる。