最後の一音までを心を込めてゆっくりと弾ききり、鍵盤から指を離す。

 その瞬間、パチパチパチと小さな拍手が聞こえてきた。

「いいね。明日の本番もその調子で頑張って」

 卒業式の前日。音楽室での最後の演奏を披露した私に、要先生が嬉しそうに笑いかけてくる。

「星名の前奏が始まったら、みんなきっと感極まって泣くだろうな」

 最後だからか、要先生が私のピアノ伴奏の仕上がりをやたらと褒めてくれる。先生の褒め言葉は嬉しいけれど、私には少し心配なことがあった。

 そもそも、要先生は私たちの卒業式に出るのだろうか。

「卒業式のときは、先生もどこかで聞いていてくれるんですよね?」
「できればね」

 私の質問に、要先生が曖昧に首をかしげる。

「絶対に聞いててくださいね」

 こんなに何度も要先生に練習をみてもらったのに、卒業式本番の演奏を聞いてもらえなかったら意味がない。

 しつこく念を押す私に、要先生ははっきりとした返事をくれなかった。

 不満顔でピアノの前に座る私をあやすように、要先生がよしよしと頭を撫でてくる。

「子ども扱いはやめてください」
「星名はまだ子どもでしょ」
「私、もう十八歳です」
「そっか。おとなだね」
「そうです。おとなで、要先生のカノジョです。明日までは……!」
「明日? 卒業までって約束じゃなかった?」
「卒業は、明日です」
「そっか、明日か……」

 要先生は、私との約束が卒業式前日の今日までだと思っていたらしい。

 そんなの困る。私は一秒でも長く要先生と一緒にいたいのに。

 泣きそうな目で見上げると、要先生が困ったように目を伏せた。