午後から学校に行くと、要先生がピアノを弾いていた。

 先生が弾いていたのは、『旅立ちの日に』の伴奏。

 音楽室に入っていくと、曲が一番と二番の間奏に入る。

 ピアノのそばに寄って行って楽譜を覗き込むと、要先生が「歌って」と横目に私に促した。

「……、あんまりうまくないですよ」
「いいよ」
「ほんとうに……、うまくないですからね」

 もう一度断りを入れて、二番の冒頭から歌う。
 
 高い裏声を出すのはひさしぶりで、少し声が掠れた。

 受験生になってからは友達とカラオケに行く機会もへったし、音楽の授業も取っていないから、歌うときの感覚をすっかり忘れてしまっている。それに、エアコンの効いていない冷えた音楽室では、声を震わせずに歌うのも難しい。

 曲が終わる頃にようやく少しまともに声が出てきて、私の『旅立ちの日に』の独唱は、なんだかイマイチなままに終わった。だけど、さすが音楽の先生だけあって、要先生の伴奏は歌いやすい。