ありったけの想いをこの声にのせて。



私は今日もそれに気づかないフリをする。

いつか、いつか、踏み込んでいいようになったら私もカイくんの全部を受け止めるから。
そう、心に誓って。


「ハハッ……!ごめんってばー!」


段々、いつものように会話ができるようになってきた。
それも全部、カイくんのおかげだ。


「ったく、お前ってやつは」

「あ、そういえば一回帰ったのになんで戻ってきたの?」


ずっと、気になっていた。
一度帰ったはずのカイくんが何故またこの海に戻ってきたのか。


「なんつーか、お前のことが気になってさ。今日ずっと思い詰めた顔してたし」

「……そっか。そんな顔してたんだ。心配してくれてありがとう」


無意識にそんな顔をしてしまっていたんだ。
それで、わざわざ戻ってきてくれたなんて彼はどこまでお人好しなんだろう。


「マジ戻ってよかったわ。戻ってなかったら今頃、俺泣いてたし」

「うっ……それは謝るけど、なんでカイくんが泣くの?」

「はぁ?普通に好きなやつが危ない目に遭ったら泣いちまうだろ!」

「あ、それはどうもありがとう……」


なんて返すのが正解なのかがわからなかった私はとりあえずお礼を口にした。

カイくんって意外と泣き虫だったりする?
いや、泣き虫というよりかは情に熱いタイプなのかもしれない。
誰よりも家族とか友達とか大切にしていそうだし。


それから家まで送ってもらって、お母さんに海で濡れてしまったと説明をしてカイくんにお父さんの洋服を貸してあげた。

さすがにずぶ濡れで返すわけにはいかないし。
今日1日、色んなことがあったけれど、その分色んな大切なことを感じることのできた日だった。

あの日から止まっていた私の時間が再びゆっくりと動き始めた気がした。

カイくん……本当にありがとう。



【陽音side】


二学期が始まって十日ほど経ったある日。


「ハルのことが好きです。俺と付き合ってください」


相変わらず、カイくんは私に告白してくる。

今日は屋上で。
九月の生ぬるい風が頬なでて二人の髪の毛をゆらり、ゆらり、と揺らす。


「ごめんなさい」


返事はいつもと同じだ。
だって、私は幸せになっちゃいけない人間だから。

それに、もうカイくんのことを利用しようだなんて酷いことは思っていない。

きっと、あの時カイくんは分かっていたんだろうな。


『……今のお前とは付き合いたくねぇかな』


そう言ったのは自分のことを本当に好きじゃないと分かっていたからだ。

今思い返してみても最低なことをしたなぁ、と心の中で反省する。

というか、カイくんが最初に告白してきてくれた日から本当に毎日のように告白してくるなんて思ってもいなかった。

そして、何より心の変化があったのは私の方だ。
カイくんのことが嫌で仕方なかったはずなのに、いつの間にかそんな気持ちもどこかへと消えて、今では告白は断っているものの話しかけてくれると普通に言葉を返している。


「はぁー、また俺の告白は玉砕かよ」

「ドンマイ」



はぁ、と小さくため息をこぼしながらアスファルトの上に座り込んだカイくんにつられるように私もアスファルトに座った。


「ドンマイって……お前なぁー他人事みたいに言いやがって」


「だって、それしか言いようないじゃん」

「ちょっとは、ごめんね?とか可愛く言えないわけ?」

「可愛くなくてすみませんでした!!」


まあ、言い合いっぽくなってしまうのは変わっていないけれど。

それがカイくんと私らしくていいのかしれない。
特段、気を遣わなくていいし。


「ウソウソ。ハルは何もしてなくても可愛いからな」

「お世辞をありがとうございます」

「お世辞じゃねぇし」

「私のどこに可愛い要素があるのやら……」


ガサツだし、面倒くさいことは嫌いだし、裁縫とか、細かい作業は苦手だし。できることと言えば、料理くらいだ。

こんなやつのどこを気に入って好きになってくれたのかさっぱりわからない。


「お前の可愛いところは俺だけが知っていれば十分」

「な、なにそれ……!」


急に真剣な顔してそんなこと言って頭を撫でないでよ。

不意にこういうことをされるとこっちだって不本意ながらドキドキしてしまう。

こんなの……不可抗力だ。



決して、自分の意思じゃないから……!!


「なにって俺が思ってる事だけど?」


そ、そんなことくらい分かってるし……!
どうして、カイくんはなんかこう……いつもドストレートに言葉をぶつけてくるんだろう。

って、そうじゃない。今日はカイくんに話があったんだ。

時間がかかってしまったけれど、覚悟が決まった。

過去のことを話す覚悟と彼に嫌われる覚悟が。
きっと、この話をすれば私は泣いてしまうだろう。

だけど、どんなことがあっても私を包み込んでくれたカイくんには知ってもらいたいんだ。


「あのね、カイくん」

「ん?」


また、柔らかな風が吹く。

そして栗色の彼の髪の毛をゆらりと優しく揺らす。
彼が私に向かって、そっと全てを包み込むかのように柔らかく優しく目を細めた。

大丈夫。カイくんは悪い人じゃないから。
もし、受け入れてくれなくても、それでいい。

また私が一人になればいいだけの話なのだから。

『全部、受け止めるから』

あの日、そう言ってくれたように私は君のその言葉を信じてみようと思う。


「私、好きな人がいるの」


わたしがそう言うと、彼の澄んだ瞳が少し動揺したように揺れた。


「……」



「でも、もう二度と会えない。死んじゃったんだ……二年前に」


ドクンドクンと忙しく音を立てる鼓動。緊張で、今にも心臓が飛び出てしまいそうだ。

それに加えて、声も無意識のうちに震えてしまっている。

カイくんは何も言わないまま、そんな私のことを真剣な眼差しで見つめていた。

私は怖くてそんなカイくんの顔を見ることが出来ず、視線を逸らしたまま、言葉を続けた。


「私が………殺したの」


私の口からその言葉が吐き出された瞬間、ずっと真剣な表情だったカイくんの綺麗な瞳は大きく見開かれた。

当たり前だ。
いきなり、こんなことを言い出すんだから。

でも、本当のことだから。
カイくんには私の悪いところも知ってもらわなきゃいけない。

こんなに最低な人間なんだよってことを。
本当の私を知ったらカイくんは私のことを好きじゃなくなる。

嫌いになってしまう、そう分かっている。
それでも、話さないといつまでも隠してはいられない。

こんなにも真っ直ぐに私を見てくれているのに。
だから、私もちゃんと彼と向き合いたい。


「私がいなかったら、彼は今でも生きてたのに」



彼がいなくなったあの日のことを思い出すと、胸がぎゅっと締め付けられて焦げるように熱くなる。

彼がいなくなって私の世界は変わったんだ。

生きているのが、こんなにも苦しいと思ったのは初めてだった。

毎日が辛くて、どこにいても彼の面影を探す日々。
いくら泣いて喚いても、慰めてくれる彼はもういない。

それがとても辛くて、悲しくて耐えられなかった。

そして、何より私が殺してしまったという罪悪感が恐ろしいほどに襲ってきたのだ。


「……ハル」


震える私を心配そうに見つめ、ぎゅっと私の手を握ってくれる。

私の緊張や恐怖を緩和させるかのような優しい体温を感じ、大きく息を吸って吐いてゆっくりと口を開いた。


「……二年前の列車事故、知ってる?」

「列車事故?……ああ、あの大規模な列車事故のこと?」

「うん。あのとき、私もあの列車に乗っていたの」


あの時のことはきっと生涯忘れることはないだろう。

今だって鮮明に思い出せるのだから。





私は、小さい頃からの幼なじみである森重渉くんにずっと片想いをしていた。

だけど、この恋が叶わないことも分かっていた。
何故かというと、私たちは九個も年が離れていたから。

私は16歳の高校一年生。



渉くんは25歳の消防士。
彼は幼い頃からの夢であった消防士になるいう夢を見事に叶えて、人の命を守る仕事をしていた。

そして、消防士になってからも『俺はいつかレスキュー隊になるんだ』って意気込んでいた。

誰よりも努力家で優しい彼を好きにならないわけがなく、ずっと大好きだった私はそんな彼の夢を一番近くで応援していた。

九個も年が離れていると渉くんは私のことを妹みたいな存在としてしか見てくれていなくて、学生時代に何人か彼女だっていたくらいだ。

“恋愛対象外”

それはもう痛いくらいによく感じていた。

だけど、私はどんなに周りの男の子と仲良くしてみても、私の心は渉くんが支配していて、もう渉くん以外は好きになれなかった。

ただ、告白する勇気もなかった私は自分の気持ちには蓋をして彼に好きだとは伝えずに妹のような存在としてそばにいることに決めたのだ。

もちろん、この気持ちは親にも内緒にしていた。

それは反対されることが分かりきっていたからだ。

渉くんは私の両親からすごく気に入られていたけれど九個も年が離れているからなのか、『いいお兄ちゃんがいてよかったね』と、まるで兄弟のようなことしか言わなかった。

それに彼の職業は消防士。



常に“死”と隣合わせの仕事だから両親もそんな危険な現場に向かう人を娘の恋人にはしたくなかったのかもしれない。

もっと早くに生まれたかった、とそんなどうやっても叶わないことを何百回も思った。

もしも、私が君と同じ年齢だったのなら君は私のことを異性として見てくれたのだろうか、と何度も考えた。

いつか君の大切な人になれたのなら、と何度も願った。

だけど、意気地無しの私は告白することすらできずに“あの日”を迎えてしまった。

高校一年生の9月20日。
私はおばあちゃんの家に行くために一人で電車に乗って隣の県に向かっていた。

そんなときだった。


『きゃっ!』


ガタン!と大きな音とともに車内がぐらりと揺れて、その衝撃で後ろの方まで突き飛ばされ、それと同時に車内にあった色んな物や建物とぶつかったのかその瓦礫が私の体の上に容赦なく落ちてきたのだ。

体に感じたことのない激しい痛みが走る。
一瞬にして私は瓦礫の下敷きになり、動けない状態に陥ってしまった。

それだけじゃない、私が下敷きにされた場所は運悪く人から見つかりにくい場所で私が下敷きになっていることに誰も気づいてくれない。



というより、みんな自分のことでいっぱいいっぱいで他人のことなんて気にしている余裕なんてまるでなかったのだ。

あとから聞いた話によれば、あのとき電車が急曲線で脱線して転覆してしまい、転覆後、近くの建物に激突して大惨事を招いた。

世間的にも大ニュースになった程、悲惨な事故だった。


『うっ……』


不幸中の幸いだったのは、私の上に落ちてきた瓦礫はそこまで大きい物ではなかったということだ。

これがもっと大きい物だったなら今頃私は死んでいただろう。

だけど、いくら大きくはないといっても女子高校生の力ではどうすることもできない。

誰か……助けて。
このまま、死にたくないよ……。

心の中で焦る気持ちを感じながら辺りを見渡し、呼吸を止めた。

事故の衝撃で火災まで起こっているらしく、二つほど前の車両からオレンジの炎が上がっているのがうっすらと見えたからである。

やばい……本当に死んじゃうのかな。
渉くん……会いたい。

こんなことなら、好きだと伝えておけばよかった。
もっと早くこの胸に秘めた想いを伝えればよかった。

なんでこんな時になって、覚悟が決まるのだろう。


『誰か!助けてくれ!』