「なんで私なんかのこと……」

「だって、俺も楠川以外好きになるつもりないから」

「なっ……」


わかんないよ。

私と滝沢くんは最近話したばっかりで接点なんてまるでないじゃない。

この先の人生で他に魅力的な人が現れるかもしれないのに。

それなのに、なんでそこまできっぱりと言い切れるの?


「陽音って呼んでいい?」


───……陽音。

ふと、彼に名前を呼ばれた気がした。

男の人に下の名前で呼ばれるとどうしても彼のことを思い出してしまう。

人は一番最初に声から忘れていくと聞いたことがある。それなのに私は未だにはっきりと鮮明に彼の声を覚えているから全然彼のことを忘れられていない。

ちなみに人が最後まで覚えているのはその人の匂いらしい。
抱きしめられた時に安心するからなのだろうか。
まあ、私は彼に抱きしめられたことなどなかったから分からないけれど。

それにしても、呼び捨てでは呼ばれなくない。

お父さんは昔から私のことを“はーちゃん”と呼ぶから支障はないし、男の子から名前で呼ばれることなんてなかったから特に気にしていなかった。

でも……いざ呼ばれると胸がきゅっと締め付けられて苦しくなる。

無言で首を振ると滝沢くんは一瞬、切なげに瞳を揺らしたけれどまたすぐいつもの眩しい笑顔を浮かべて、


「なら、“ハル”って呼んでもいい?」


と、言ったのだ。


「えっ……」


正直、そう来るとは思っていなかったから思わず驚きの声が洩れた。

もっと怒ったり、ショックを受けたりしてもう私には話しかけてこないと思っていた。

どうして、そんなに私のことを構うんだろう。