大切な人から忘れられたことは思い返すのも辛いほどだったけれど、今思えばその気持ちがあったからこそ、ハルを救えたのかもしれない。
母さんは俺とハルを繋いだ人だ。
高校1年生の春、桜の木の下でハルをみたとき、母さんの事もあって心が荒んでいたけれど、ほんの少し彼女の笑顔に勇気をもらったんだ。
ハルのおかげで、俺は心を入れ替えて母さんと向き合うことを決めて“初めまして”の関係から始めることが出来た。
少し時間が経ってから病室の扉が開いてぎこちない様子のハルが戻ってきた。
「す、すみません……遅くなってしまって……」
ハルの目は赤く腫れていて、泣いていたことが一目見てわかる。
きっと俺なんかのために、たくさん泣いてくれたんだろうな。
「陽音ちゃんもありがとう。快人のことをよろしくね」
俺のことを“快人”と呼んだことに驚きを隠せなかったのか、一瞬ピタリと固まったけれど、すぐに頭を下げて「こちらこそです!」と言った。
そんなハルの様子に母さんはクスリと小さく笑った。
3人でしばらく他愛のない会話をして時計の短い針が5を指す頃、俺たち二人は母さんを残して、病室をあとにした。