「父さんは俺が小さい頃に亡くなっててさ、俺には母さんしかいなかった。母さんは俺のために毎日働いてくれて……なのに俺は……っ。母さんを見捨てることしか、出来ない」
「そんな……っ」
見捨てるなんて、そんなことないよ。と、言いたかったのに彼の浮かべている表情があまりにも深い悲しみに満ちており、その言葉は音にはならなかった。
「本当は施設になんて入ってほしくない……でも俺にはどうすることもできない。親戚も誰も助けてなんてくれなくて……俺がどんなにすがってもみんな施設に入れることに賛成してて……どうして母さんだけがあんな目に……っ」
やるせなさが滲んだ震えた声は私の心に深く刺さった。
彼の澄んだ瞳からは大量の涙が溢れて、それが頬を伝って流れ落ちていく。
ずっと、今まで底が見えない悲しみを隠すかのように、たくさん無理して笑ってきたのだろう。
「俺は……何も返せてない……っ」
「カイくん……」
「母さんに迷惑しか掛けてこなかったからバチが当たったんだ……だから、俺は母さんに忘れられて当然なんだ」
「忘れられて当然なんて……そんな悲しいこと言わないで」
「……俺だけが全部の思い出を大切にするよ」