彼は私が頷いたのを確認してからエレベーターに乗り込み、ある病室に向かった。
着いた病室の入口には“滝沢悠未”とプレートに名前が書いてあった。
緊張しながら部屋に入ると、そこには一人の女性がベッドに横たわって窓から見える青く澄んだ空をぼんやりとした様子で見つめていた。
まるで、生きる気力をなくしてしまったかのように見えた。生きているのに死んでいるような顔で空を見つめており、何故かわからないけれど、心のすべてを持っていかれた。
……カイくんのお母さんかな?
どことなく、似ている気がする。
「俺の母さん」
彼女には聞こえないような小さな声でぽつりと彼が言葉をこぼした。
やっぱりこの人がカイくんのお母さんなんだ。
だけど、カイくんの口から出た次の言葉に私は返す言葉を失った。
「記憶が、ないんだ」
「……え?」
記憶が、ない……?
それって……カイくんとかの記憶も消えているということなのだろうか。
「何を覚えているのか、俺もわからないけどほぼ全部のことを忘れちまってる」
「そんな……」