高校卒業を一ヶ月後に控えた、二月のある日。
衝撃的な出来事があった。

「うそでしょ」

私は思わず手で口をおさえ、その場に立ちつくしてしまう。


この日、高校から帰宅した私が軽い気持ちで家のポストの中を覗くと、一通の手紙が入っていた。

真っ白な封筒の宛名は、手書きで『白井(しらい)環奈(かんな)様』とある。
間違いない、これは私宛だ。でも、一体誰から?

疑問に思った私が封筒を裏返すと、そこには昔からよく知っている名前があった。


松浪(まつなみ) 幸太(こうた)

家が近所で、私より五歳年上の幼なじみの “ こーちゃん ” の名前である。

え。こーちゃんが手紙なんて珍しい。

幼い頃から変わらずずっと大好きな幼なじみの名前を目にし、胸が弾んだのも束の間。


「えっ」

こーちゃんの隣には、知らない女の人の名前。そして『寿』と書かれた金色のシールで手紙の封がされていたのだ。

並んだ二人の名前を見た瞬間、何となく嫌な予感がしたけれど。私は、一刻も早く中身を確認したくて。
『寿』のシールを剥がし、ドキドキしながら封を開けた。

封筒の中から出てきたのは、二つ折りにされた少し厚みのある紙で、赤と白の花が描かれている。それを開き、文面を目で追う私は言葉を失った。


【 このたび私たちの婚約が整い、結婚式を挙げる運びとなりました 】


私宛の手紙。それは、長年ひそかに片想いしている幼なじみの結婚式の招待状だった。

 
【 皆様に見守られご指導いただきながら
新しい人生のスタートができれば幸いです 】


招待状には挨拶文と、結婚式の日時と場所が記載されている。

これは、何度見たって変わらないのに。なぜか、繰り返し見てしまう。
もしかしたら、自分の見間違いなんじゃないかって。
大好きなこーちゃんが結婚するだなんて、すぐには信じたくなかったから。

「……っあ」

無意識に声が出て、招待状を持つ手が震える。
何度読み返しても、書いてあることが変わるはずもなく。


ねぇ、こーちゃん。いつから、付き合っている人がいたの? いつの間に、婚約なんてしたの?
こーちゃんが結婚しちゃったら、私のこーちゃんへのこの想いも完全に絶たなくちゃいけなくなるじゃない。

私の手から力なく滑り落ちた招待状が、昨夜降り続いた雨によってできた水たまりに落ちて濡れた。



──カランコロン。

お店のドアベルが鳴り、店を出て行ったスーツ姿の男性に私は「ありがとうございました」と明るく声をかける。


私の家は、両親が喫茶店を営んでいる。静かな住宅街の隅にある、小さなお店だ。

お店の名前は『ホワイト・カフェ』という。店名の由来はもちろん、我が家の苗字の『白井』から。

『ホワイト・カフェ』 は、昔ながらのレトロな喫茶店だ。五人ほどが座れるカウンター席と、四人掛けのテーブル席が三つ。
古い木製のテーブルと椅子、アンティーク調の家具が並び、高い天井からはランプが吊り下がっている。


私の父は、自分の店を持つことが長年の夢だったらしい。学生時代にはカフェでアルバイトをし、社会人になってからは独学でバリスタについて学び、店を持つために努力を積み重ねたそうだ。

そして父は今から十年前に脱サラし、夢だった自分の喫茶店をオープンさせた。
お店が軌道に乗るまでは閑古鳥が鳴くのもしょっちゅうで、人知れず苦労も沢山あったようだ。
そんな父の努力の甲斐あってか、少しずつお客様が増えていき、今ではコーヒーとふわふわのシフォンケーキが美味しい店だと言われるまでになった。



空が藍色に染まり、お店の前を通る人もまばらになってきた頃。

──カランコロン。
お店のドアベルが鳴るのと同時に、スーツ姿の若い男性が一人店内へと入って来た。その人を見た瞬間、私は目を見開く。