この街の一角には昔ながらの商店街に一軒の魔術品を売る商店がある。
 お店の名前は『善良屋』というらしい。
 店の中を覗くと頼りなさそうな店員が店番をしていた。



 黒田涼気(りょうき)(35)は先日振られた元カノを忘れることができずにいた。


「華音、今頃何してるのかな?」


「何ぼけっとしてるのよ! 別れた女のことなんてさっさと忘れてしまいなさい!」


 山田玲香(33)は涼気の背中を強く叩いた。
 玲香は涼気の幼なじみでもあり、魔術品を売るビジネスパートナーでもある。


「いや頭では分かってるんだけど、心がまだ追いついてないというか……」


「初めての彼女だったからっていつまでも引きずってると一生独身になるわよ!」


「こういう時こそ慰めるのが友達の役目だろっ!」


「はいはい、ちゅらかったでしゅねぇ。よちよち」


 玲香はふざけ半分で涼気の頭をポンポンと撫でた。


「恋愛経験が乏しいからって馬鹿にするなぁ!」


 涼気は拗ねてお店の奥へと逃げていった。


「あんなに弱々しいから彼女にも振られるのよ」


 玲香が呆れていると、商店に一件の電話が掛かってきた。


「もしもし、善良屋でございます。……はい、はい、かしこまりました。今から20分ほどでお届けに参ります。それでは失礼いたします」


 玲香は電話を切った。


「涼気、仕事入ったから届けて来て」


 玲香のお呼び出しにいじけていた涼気が店の奥から出てきた。


「何届けて来ればいいの?」


「雀の涙の大瓶、カマキリのカマ、あとヒグマの爪3つだって」


「了解。住所は紙に書いておいて」


「はーい」


 涼気は商品を鞄に入れ、ほうきに跨る。
 庶民はアナログな魔術を使うことの方が多い。


 玲香が届け先の住所を書いてある紙切れを持って来た。


「これ住所。割りと近いからすぐに着くと思うわ」


「あ、本当だ。店からこんなに近いのか」


「悪いんだけど帰りにコンビニでみかんのアイス買ってきて」


「はいよ。それじゃあ行ってくる」


「気をつけてね」


 涼気は慣れた手付きでほうきを浮かし発進した。