「全国各地で桜の開花宣言が発表されました。本日の気温は・・・」

 テレビから流れる軽快なアナウンサーの声。高校を卒業してから何度桜を見てきただろうか。

 生活する上で、必要最低限の物しか揃えられていないシンプルな部屋。白を基調とした家具たちに囲まれた僕は、21歳になっていた。

 高校を卒業後、一人暮らしを始めてはや3年。大学も今年で4年生になり、就活を本格的に始めないといけない。散々遊んできたツケが今になって襲いかかって来ているのは、正直辛いが自業自得なので仕方がない。

「あぁ、もうすぐで22歳か。早いな、あれから3年近く経つのか」

 大学に進学した僕は、多くの出会いを求め様々な人たちと遊び呆けたが、好きになるような子は現れなかった。

 中には僕に告白をしてくる者もいたが、付き合う気にもなれず、振ってばかりいた。友人たちからは、「勿体ない」や「付き合えばいいのに」とも言われたが、全然心は動いてはくれなかった。

 分かっているんだ。僕の心が動かないのは、あの頃に心を置いて来てしまっているからだと。3年前のあの日に別れを告げた彼女に僕は未だ惚れているのだ。

 忘れることなどできない。彼女と過ごした日々を、そして彼女が僕に笑いかけてくれた顔を。

 何度寝る前に見返しただろうか。彩音の映る写真を記憶に染み付いてしまうほど見返した夜。

「はぁ。どうすればいいんだよ」

 未だに彼女のラインは残っている。僕らの時間は3年前で止まったままだけれど。

 少しだけトークを見返したが、すぐに虚しくなってきたのでやめた。黒歴史と同じように、この思い出も開いてはいけない物なのかもしれない。

「今日の双子座の運勢は1位です」

 再びアナウンサーの声が、耳へと届いてくる。双子座は僕の星座だ。

「特に、今日は恋愛運がダントツですね。もしかしたら、いい出会いが待っているかもしれませんよ。今日1日の出会いに大いに期待ですね!」

 軽快に話すアナウンサーについ嫌気が差してしまう。完全に八つ当たりなのは分かってはいるが、いい出会いがあるわけがない。

 適当なことを言わないでほしいと心の中で毒を吐く。

 むしゃくしゃしたので、テーブルの上に置かれたリモコンを手に取り雑にテレビのスイッチを消す。

 瞬時に部屋は静まり返り、孤独感が僕を襲う。一体どうすれば、僕は彼女を忘れることができるのだろうか。

 もしかすると、一生このままなのかもしれない。思っている以上に僕の抱えていた煩いは、大きなものへと変貌してしまっていた。

 時刻は午前9時。今日は大学にも行く必要もなく、バイトも休み。今日1日どう過ごすかはまだ決めていない。

「何しよ・・・誰かと遊ぶか、家でダラダラ・・・ん?」

 ベッドに置かれた携帯から電話の着信音が鳴り響いている。枕に隠れていたせいか、音が籠ってしまって聞き取りにくい。

 焦らず携帯を手にして電話相手を確認する。

「えっ」

 思わぬ相手に携帯を床に落としてしまいそうになった。高まる鼓動を抑えつつ、電話を開始する。

「もしもし」

『もしもし、元気にしてた?』

「う、うん。どうしたの急に」

『んー、なんか声が聞きたくなっちゃって。もしかして、今忙しかった?』

「ううん。全然大丈夫だよ」

『よかった。ねぇ、もしよかったらなんだけど、またうちの相談聞いてくれない?』

 懐かしかった。あの頃もこんな会話してたような...

「いいけど・・・」

 つい言葉を濁らせてしまった。また、同じ過ちを犯してはいけない。もう2度と絶対に。

『違うよ。彼氏は今はいません。相談って言うのは・・・』

 窓から入り込む風が、僕の部屋の中をかき乱す。ふんわりと春の匂いを乗せた風は、僕に桜と春を届けてくれた。

 あの時、散ってしまった僕の桜が再び満開に咲く日は訪れるのだろうか。

 今は、まだ蕾だがいずれ大きな綺麗な桜を咲かせてみせよう。その時はきっと、僕は桜にも彼女にも見合う男になれているだろうから。