彼女と並んで歩いて、人気(ひとけ)の少ない校舎の4階まで来ていた。今日は卒業式ということもあり、3年生の教室のある1階は保護者や卒業生で溢れかえっているが、その他の階は誰もいない。

 特に4階に関しては、授業で使わない限り在校生が足を運ぶことはそうそうない。

「卒業しちゃったね。私たち、もう高校生じゃなくなるんだよ。早いよね、この前入学したばかりだっていうのに」

「そうだね。特に、3年生はあっという間だった。この1年様々なことがあったけど、楽しかったよ」

 彼女が今何を考えているのか僕には全くわからない。なぜ、この期に及んで2人きりになろうとしたのだろうか。

 僕らの未来は既に変わることのない決定的なものになっているというのに。

「私ね、最初はたぶん寂しくて好きになったんだと思う」

「うん」

「でも、いつからだろう。本気で好きになってた。たくさん迷惑かけたのはわかってるし、私のせいで原くんを巻き込んでしまったのはごめんね。悠斗も好きだけど、原くんも同じくらい好きだったの。最低なこと言ってるよね」

「うん。本当に最低なこと言ってるよ」

「あの日、嬉しかったんだ」

「あの日?」

「文化祭で手を繋いでくれた日。初めて原くんの方からアクションを起こしてくれて。どれだけあの行動に救われたか」

「そんなこともあったね。もう懐かしい記憶のひとつだ」

 もちろん覚えているよ。君が緊張した顔から花が咲くように笑った顔も全て。

「ずるいな、私って。ねぇ」

「ん?」

「もし、私がまだ原くんのこと好きって言ったらどうする?」

「どうするって言われても・・・そうだね。ごめんっていうかな」

 ふふっと笑う彼女。一体今の話のどこに笑う要素などあったのだろう。

「そう言うと思った。だよね、これ以上振り回されたくないよね」

「・・・嬉しいよ」

「え?」

「嬉しいさ、君に好きって言ってもらえたら。でも、僕は・・・僕は」

「よく分かったよ。抱え込ませてごめん。1人にしてごめん。こんな私を好きになってくれてありがとう。やっぱり原くんは優しいね。最後まで私を責めないなんて」

「責めるわけないよ。僕にだって責任がある。好きになってはいけない人を好きになったんだし。悠斗にも申し訳ない」

「そうだね・・・」

「これからも悠斗とは付き合っていくの?」

「うん。そのつもり。大学も学部も同じだからね」

「そっか。元気でね」

「原くんも元気でね」

 こんな言葉しかかけることができなかった。これで、もう彼女と会う機会は無くなってしまうというのに...

「さようなら、彩音」

「うん。またね、原くん」

 彼女は僕の前から消えてしまうように、階段を降りていった。僕は別れの言葉を告げたのに、彼女は言ってくれなかった。

 『さようなら』と言われれば、まだ気持ちにも踏ん切りがついたかもしれないのに、彼女は僕に諦めることさえさせてはくれなかった。

 こうして長くも短い僕の1年間は、失恋すらできないまま幕を下ろした。自分でも思う。中途半端な恋だったと。

 あとひと月もしたら始まるであろう大学生活。もしかしたら、彼女以上に素敵な女性に巡り出会えるかもしれない。

 今は、一刻も早く彼女のことを忘れてしまいたかった。彼女のことを嫌いになったわけではない。単純に忘れてしまわないと、僕自身がどうにかなってしまいそうなくらい彼女に惚れてしまってたんだ。