練習を毎日積み重ね、とうとう本番を迎えた今日この頃。

 クラスメイトの顔には、緊張が隠しきれていない様子。もちろん、自分もそのうちの1人。むしろ、1番緊張しているのではないかと思ってしまう。

「よし、みんな今日は本番だよ! 今まで練習してきた成果をみんなに見せつけてやろう!大丈夫、私たちならできる。楽しく行こうね!」

 彩音の鼓舞に、引き攣った顔をしていたみんなが徐々に柔らかな表情へと変わり始める。

 純粋にすごいと思う。自分自身も緊張しているはずなのに、周りを意識することができるなんて、僕には真似できない芸当だ。

「さぁ、行くよ!」

 彼女の掛け声に合わせるかのように、体育館の後ろ扉が開き僕らは並んでステージへと向かう。

 場を盛り上げるためか、体育館のカーテンは締め切られ、場内に自然の光が差し込んでいる場所はない。

 代わりに天井から照らされる赤・青・緑のスポットライトが僕らの行く道を照らす。

 後輩たちの無数の視線を浴びながら、僕らは後輩の間に広がった道を歩く。一度に向けられる数々の視線。

 僕らは今日のために自分達が踊るダンスに合わせた衣装を着ている。女子はカジュアルなスカートを着用した衣装。男子は、ストリート系の踊れそうな雰囲気がある衣装。

「さぁ、続いての発表は3年5組の発表だぁ〜!」

 視界の声が場内に響き渡り、割れんばかりの声援が会場を包み込む。

 僕らは5組の次の発表なので、発表に備えるためステージの両脇で待機する。影から5組のパフォーマンスを見ているだけで伝わってくる。
 
 彼らが今日のために努力をし、磨き上げてきたダンスを。皆の顔に必死な表情が見え、それでも楽しそうに踊っている姿は青春そのものに見えた。

 僕らもそんな風に見えるのだろうか。そうであって欲しいな。

「ねぇ」

 小声で隣から誰かに呼ばれる。タイミングよく場内から光が消えたことで相手の顔が確認できない。

「ん?」

 無視はよくないのでとりあえず、返事だけは返す。相手が僕に話しかけているのだと信じて。

「緊張してる?」

 少しずつステージ上に光が宿り始め、僕らのいるステージ脇にまで光が差し込んでくる。

 うっすらと浮かび上がる彼女の顔。

「あぁ、彩音か。緊張してる」

「え、私だってわからなかったの?」

「暗くて分からなかった」

「もう! せっかく話しかけたのに!」

「ごめんって。ところでどうしたの?」

「んー、本番前に話したくなっちゃって」

「ふーん。珍しいね。もしかして、緊張でもしてるの?」

「う、うん。やっぱりわかっちゃう?さっきから心臓の音がうるさいくらい」

 意外だった。みんなのことを鼓舞し、1番緊張していなさそうだった彼女が、僕の前で緊張して顔が引き攣っている。

「じゃあさ、こうしたら落ち着くかな?」

 そっと彼女の右手を握る。もちろん、周囲にはクラスメイトたちがいたが、ステージ裏なのでそこまで光が差し込むことはない。  

 一体いつから僕はこんなに積極的になったのかと思ってしまうほど、昔の僕には想像できない大胆な行動だった。

 暗闇に紛れるように彼女と手を繋ぐ。

「えっ!」

 当然の行動に驚いてはいたが、数秒で彼女と僕の指が一つ一つ絡まり合う。決して離れることのないように固く結ばれる。

 熱が篭り汗ばむ手、指先で触れる彼女の滑らかな小さな手。僕らの間に言葉はなかった。その代わり確かに僕らは繋がっていた。

 もしかすると、手を繋いでいた方が緊張していたかもしれない。隣にいる彼女にまで僕の鼓動音が聞こえないで欲しかった。

「大丈夫だよ。彩音なら、できるから」

「うん」

 自分にも語りかけるように彼女に囁く。きっと周囲のみんなも緊張のあまり視野が狭まっているだろう。誰も僕らのことを見ている人なんていない。自分のことで精一杯なんだ。

 ふと隣の彼女に視線を移す。ほんのりと彼女の顔が暗闇から浮き上がっている。気のせいか、少しだけ彼女の頬が赤らんでいる気がした。

「それでは、続いて3年3組の発表になります!」

 司会の声が聞こえた瞬間、固く結ばれていた手がゆっくりと離れていく。名残惜しく感じたが、流石にこれ以上は繋げない。

 先頭から順に光が満面に差すステージへと向かっていく。彼女が僕に背を向け、ステージへの階段を登り始める。

 僕と違って、小さな背中。そっと背中に手を当て、軽く押し込む。

「頑張れ」

 ビクッと震える肩。そのくらい神経が集中してしまっているのだろう。目の前に広がる舞台に向けて。

「ありがと」

 振り向き様に見せた彼女の顔を僕は忘れない。スポットライトから照らされた安心しきった笑顔を。

 そして、光照らされるステージの上へと飛び出して行った大きな背中を。