僕と彩音の席は、出席番号の関係で離れてしまった。と言っても、横3個分だけれど。

 問題は、悠斗と僕の席が斜め関係の方が明らかにまずかった。近いなんて距離じゃない。悠斗が振り向けば、目と目が完全に合ってしまう距離。

 それなのに、彩音は授業中もずっと僕の方を見てはアイコンタクトを取ろうとしてくる。

 バレてしまってからでは遅いのに、彼女は今の状況さえ楽しんでいるように感じられた。

 目を合わせると嬉しそうに微笑み、目を合わせないようにすると、あからさまに不機嫌な表情を見せる彼女。

 僕はその彼女の表情の移り変わりを見るのが好きだった。

 まるで、子犬と戯れているような感覚が。

 周りの席の友達にはバレていたかもしれない。僕らが授業中にかなりの頻度でアイコンタクトを交わしていることに。

 皆に春が訪れるのと同様に、僕にも春が訪れたと思っていた。高校生のみんなが思い描くようなピンクの鮮やかな恋とは違うかもしれないが、僕にとっては桜のような恋だった。

 数ヶ月もしないうちに散ってしまうとも知らずに...桜に比べると、割と長く咲き続けた方だとは思うけれど。

 ある日の夜、彼女から話したいことがあるとメッセージが送られてきた。

 大体だが話の内容はわかってはいた。きっと彼女がどちらを選ぶことにしたのか、気持ちが固まったのだろう。

 彼氏とこの先も付き合っていくのか。それとも、彼氏と別れて僕と...

 正直、半々だった。期待していなかったと言えば、嘘になる。でも、それ以上に僕の心は不安に押しつぶされそうになっていた。

 もし、振られた時のことを思うと苦しくてたまらない。僕がこんなことを言う筋合いがないのはわかってはいるが、それでも失恋はどうしても辛い。

 部活仲間と部活後に遊びに行った帰り、彼女からの着信に慌てて携帯を取り出し、通話ボタンをタップする。

「もしもし」

 慌てて出たせいか、声が若干うわずってしまった。しかし、彼女からの返答は返ってこない。

 沈黙が続く。その沈黙がもはや彼女の答えだと告げているみたいだった。

 目の前の横断歩道の信号が赤から青に変わっても僕は、自転車のペダルを踏むことができなかった。

 僕の横を通り過ぎていく、自転車、人、そして車。僕だけが時間に取り残されている。皆は前に進んでいるのに、僕だけがその場に止まることしかできない。

「ごめん、もう終わりにしよう・・・」

 その声は、僕が彼女と出会ってから初めて聞いた寂しく力のこもっていない声だった。

「わかった」

 そう言い、電話を切る。ひどく静まり返った夜だった。僕の恋は終わってしまった。

 目の前の信号が点滅する。急げば渡れたが、僕の足は地面に根付いたように動かなかった。