忘れられない恋がある。忘れたくても記憶から決して消えることのない甘くも苦い思い出。

 何度も忘れようと思った。でも、忘れられなかった。何度、君を思い出す夜を過ごしただろうか。寝付けなくて君を思い出し、より一層眠れなくなる。永遠と蘇る君の顔。

 今では、数えきれないほど積りに積もってしまった。卒業してからかれこれ数年経っているのに、思い出すのは君が僕に笑いかけていたあの顔ばかり。

 忘れてしまえれば、どんなに楽だったか君は知るはずもないだろう。今、君はどこで誰と過ごしているの。あの時、僕が違った行動をしていれば、現実は変わっていたのだろうか。

 僕の隣で笑いかけてくれていたのかな。そんな世界があることを望んでいる僕はどうしようもない。

 現実はどう足掻いたところで変わることは絶対にないのだから。

 彼女との叶うはずのない未来を夢見るたびに、胸が締め付けられてしまうというのに。

 忘れたいけど、忘れたくない。大きな矛盾。あの時が、僕にとって色褪せることない青春の思い出だったから。

 

 僕と彼女が出会ったのは、高校2年生の春先だった。当時の僕は、進級によって変わったクラスに馴染めずにいたんだ。そんな時、真っ先に話しかけて来てくれたのが、彼女だった。

「私、永木彩音(ながきあやね)。よろしくね、原くん」

「よろしく」

 僕は彼女のことを入学式の日から知っていた。学年1目立つ容姿に地毛の茶色く長く伸びた綺麗な髪。

 友達と笑っている姿は、強く印象に残っていた。それだけでなく、彼女は1年生の時同じクラスで仲良くしていた小沢悠斗(おざわゆうと)の彼女だった。

 あとから知った話だけれど、彼女が僕に話しかけて来たのは、悠斗の頼みだったらしい。僕がクラスに馴染めずにいるから、話しかけてやってほしいという優しさだった。

 のちに僕はこの優しさを最低な形で裏切ってしまうことになるとは、この時は全く思ってもいなかった。

 今思えば、本当にバカだったと思う。前にも似たような過ちを犯したにもかかわらず、また同じことを繰り返してしまったなんて。

 僕は彼女のことを仲のいい友達くらいにしか思っていなかったんだ。話しやすく男女隔たりなく友達の多い彼女のことだ、自分もその仲の1人に過ぎなかった。

 いつからだろう。僕らの関係性が大きく変化してしまったのは。確か、あれはまだ桜が蕾で、春に備えている頃だった気がする。

 温かな春の訪れと共に、僕らは大きく歪んでしまった。