私は適当に相づちを打ちながら、右からくどくどと流れる言葉を左に流していた。
こんな雑な対応をしたくはないけれど。始めから今まで延々と似た様な事ばかりを繰り返されているのだから、辟易してしまうのも無理はないわよね。
横にいる徳にぃ様には分からぬ内心で、私は文句とため息を吐き出した。
辞去を命じられ、途端に手持ち無沙汰になってしまった私は「天影様の元に行こうかしら」と考えていたのだけれど。幾ばくも経たぬうちに、私は右隣に居る徳にぃ様に捕まったのだ。
始めは「無事で良かった」と言う話だったから良かったけれど。段々と「妖怪と共に戻るとは」と言う説教じみた言葉になり、今は「妖怪の肩を持つな、危険極まりない輩なのだぞ」と言う、妖怪非難になっているのだ。
確かに、自らの命の危機を感じる妖怪は居るけれど。人に寄り添う優しい妖怪達も、同じくらい沢山居る事を知っている身としては、今の徳にぃ様の話はうんざりする。
「これ。聞いておるのか、千代」
唐突にかかる物々しい声に、私は内側の世界から外の世界に意識をパッと戻した。
そして「勿論です」と肩を小さく竦め「幾度も申しておりますが」と、少々の皮肉を口にする。
すると徳にぃ様からはぁと呆れたため息が零れ「千代」と、私を窘めた。
「いい加減、妖怪の肩を持つのを辞めろ。奴等は危険なのだ」
「・・ですから、危険ではない者も」
「口で言うのは容易いものだ。だが、危険ではないと見せろと言われたら無理であろう。それが妖怪だ、我ら人間とは相容れない悍ましい存在なのだ」
こちらの言い分を一切聞かず、頑として曲げぬ自分の意思をぶつける徳にぃ様。
私は堪らずに「あぁ、もう」と、内心で憤懣としてしまう。
「奴等は平気で裏切り、平気で人を殺す。そんな輩の肩など持っていたら、従犯としてお前も罰せられると言う事になるやもしれぬぞ。それでも良いのか、千代」
「その様な事にはなりませぬ。良いですか、徳にぃ様。私は百鬼軍の面々と親交を深めて参りましたのよ。これが人を襲わず、裏切らず、人に寄り添う妖怪達も居ると言う証明です。彼等が私達に仇なす事はございませぬ!」
声を張り上げて訴えると、徳にぃ様は厳しい面持ちで「いい加減にしろ」と唾棄した。
「千代。奴等はお主の良心を利用し、弄んでいるだけぞ」
「彼等は嘘偽りなく、真心で接してくれています」
「口先だけの言葉では、何の信用にもならん。千代、今の主は己を見失っているのだ」
「そんな事ありませぬ!しかと見えています!己も現実も真実も見えているからこそ、私はこうして徳にぃ様のおかしな言い分に反駁しているのです!」
大きく見開いたままの目頭を指でぐいと押さえ、「見えている」と言う事をわざとらしく強調しながら、私は食い下がり続ける。
そして飛んで来るであろう反論を躱す様に、素早く言葉を継いだ。
「私は知っていますのよ、徳にぃ様。この目で見て、この耳で聞いて、この口で彼等と言葉を交しましたからね。人間にも善人と悪人が存在する様に、妖怪だって須く悪ではないのです。きちんと善がある。分かりますか、人間も妖怪も同じなのですよ」
「馬鹿な事を申すな。妖怪と我らが同じ訳あるまい。現に、あの連中は人里を幾つも襲い、人を喰らっているではないか」
徳にぃ様は唾棄する様に告げ、核を突いたと言わんばかりの顔をする。
けれど、私にとってはこんな指摘は何でも無かった。
私は「それは昔の話です」と、落ち着いて答える。
「今の彼等は違います。彼等が慕う頭目殿が、人を食うなと命じたから人を襲う事をしなくなったのですよ。故に、これからも彼等が人に牙を向ける事はありませぬ」
毅然と言い返すと、目の前の徳にぃ様は納得がいかない顔で「あり得ぬ」と口ごもる。
私はその隙をついて「そう命じられてから、百鬼軍の面々が人を食った姿を見た事がありませぬ」と、追い打ちをかけた。
「人を前にしても耐える様になったのですよ」
「・・お主の見ていない所で惨たらしく人間を喰っておるのだ。千代、お主は妖怪を信じ過ぎだ」
徳にぃ様は憮然と食い下がるが。私の言い分の綻びを広げるには至らなかった。
当然の事であろう。彼等を噂で判断する徳にぃ様よりも、彼等と直に付き合い続けてきた私の方が強いに決まっている。
私はふぅとため息を吐き出してから「徳にぃ様のお気持ちも分かりますけれど」と、宥める様に言った。
「頭ごなしに決めつけるのではなく、まずは彼等を知ってみて下さいませ。それが徳にぃ様の利にもなり、互いが寄り添う一歩になりましょうから」
「・・妖怪と分かり合うつもりはないし、分かり合える事もないのだ。千代、お主は夢」
「千代」
徳にぃ様の声に重なる様に背後から飛んできた声に、私はパッと後ろを向く。
そこに立っている人を見たら、うんざりと陰っていた顔がパーッと明るくなっていくのが自分でも分かった。
私は「徳にぃ様、彼が百鬼軍の頭目殿ですよ!」と嬉々として紹介してから、歩み寄ってきたいばなに「こちらは親方様の忠臣の一人、兵部殿よ」と軽く紹介する。
いばなは威圧的に腕を組み、「そうか」とぶっきらぼうに答えた。一方の徳にぃ様も、警戒心や敵愾心を剥き出しにして睨むだけ。
互いにバチバチと殺気が迸り、この周辺の空気だけが異様に殺伐とし始めた。
あぁ、このまま一触即発の事態が続くのは良くないわ。こんな所でこの二人が争ったら大変な事になるもの!
私は「もう、そこまでにして」と言う圧を込めていばなを見やり、いばなを少々たじろがせてから「では、徳にぃ様!」と朗らかに声を上げて向き直った。
「彼が軍の方に戻るそうなので、お見送りをして参ります!」
徳にぃ様は思いがけない急展開に唖然としていたが。私はその好機を逃さず「さ、参りましょう!」と、ぐいっといばなを押した。
いばなは私の圧に負けて、「あぁ」と弱々しく頷きながら徳にぃ様から背を向ける。
私もその後をついて行こうとしたが、後ろからパシッと手首を掴まれた。
思いがけない手首の力に、私は驚きを露わにして振り返ってしまう。
「行くな」
物々しい声音ながらも、そう告げる表情には私の身を案じるが故の不安と心配が現れていた。
初めて見る様な痛切な表情を見てしまうと、苛立ちを覚えていた私がスッと大人しくなる。故に、「いい加減にして下さい」と出かけていた文句も、サラサラと奥の方に流れていった。
私は朗らかに笑みを浮かべながら「大丈夫ですよ」と言う。
「何も心配はいりませぬ」
「・・そうではない。そうではない、千代。私は、私はただ・・主の事が、心配なのだ」
もごもごと重たい口で返す徳にぃ様。
私は「充分承知しております」と答えてから、徳にぃ様の手をゆっくりと包み込んで一つ一つ解いていく。
「千代の身をこれほどまでに案じて下さるのは徳にぃ様だけですもの。千代はまこと幸せ者です。ですが、もうそこまで心配なさらなくても大丈夫ですよ。千代はもう、徳にぃ様に迷惑ばかりをかける童ではありませぬ」
憮然とする徳にぃ様にいつもの笑顔を見せてから、最後の指を解いた。
「徳にぃ様、千代はもう大丈夫ですよ」
キュッと掴んでいた手を柔らかく包み込んでから、私は「では」とゆっくりとその手を離し、少し先で待ついばなの元に駆けて行った。
いばなは何やら神妙な面持ちをしていたけれど。私が駆け寄ると手を伸ばして、少し表情を崩した。
私はその表情にニコリと顔を綻ばせてから、差し伸べられた手に自分の手を乗せた。
しっかりと手が受け止められると。いばなはぐいと私を引き寄せてから颯爽と横抱きし、天高く飛び上がった。
私はいばなの首にしがみつく様に掴まり、完璧に彼に身を預ける。
不思議。なんだか、いつもより面映ゆい感じがしないわ。
徳にぃ様に、寄り添えないとか相容れないとか言われていたからかしら。「こんな近くの距離に居られる」と言う嬉しさが込み上げてくるし、いばなの存在の大切さが改めて心に深く刻まれる。
私は緩む口角からフフッと喜びを零してから、ギュウッと手の力を強めて首に顔を埋めた。
「・・どうかしたのか?」
「別に何でもないわ。ただ、幸せを噛みしめているだけ」
いばなは、私の言葉に「そうか」とぶっきらぼうに返す。
そのぶっきらぼうさに、私と同じ想いが込められている事には、勿論気がついていた。
こんな雑な対応をしたくはないけれど。始めから今まで延々と似た様な事ばかりを繰り返されているのだから、辟易してしまうのも無理はないわよね。
横にいる徳にぃ様には分からぬ内心で、私は文句とため息を吐き出した。
辞去を命じられ、途端に手持ち無沙汰になってしまった私は「天影様の元に行こうかしら」と考えていたのだけれど。幾ばくも経たぬうちに、私は右隣に居る徳にぃ様に捕まったのだ。
始めは「無事で良かった」と言う話だったから良かったけれど。段々と「妖怪と共に戻るとは」と言う説教じみた言葉になり、今は「妖怪の肩を持つな、危険極まりない輩なのだぞ」と言う、妖怪非難になっているのだ。
確かに、自らの命の危機を感じる妖怪は居るけれど。人に寄り添う優しい妖怪達も、同じくらい沢山居る事を知っている身としては、今の徳にぃ様の話はうんざりする。
「これ。聞いておるのか、千代」
唐突にかかる物々しい声に、私は内側の世界から外の世界に意識をパッと戻した。
そして「勿論です」と肩を小さく竦め「幾度も申しておりますが」と、少々の皮肉を口にする。
すると徳にぃ様からはぁと呆れたため息が零れ「千代」と、私を窘めた。
「いい加減、妖怪の肩を持つのを辞めろ。奴等は危険なのだ」
「・・ですから、危険ではない者も」
「口で言うのは容易いものだ。だが、危険ではないと見せろと言われたら無理であろう。それが妖怪だ、我ら人間とは相容れない悍ましい存在なのだ」
こちらの言い分を一切聞かず、頑として曲げぬ自分の意思をぶつける徳にぃ様。
私は堪らずに「あぁ、もう」と、内心で憤懣としてしまう。
「奴等は平気で裏切り、平気で人を殺す。そんな輩の肩など持っていたら、従犯としてお前も罰せられると言う事になるやもしれぬぞ。それでも良いのか、千代」
「その様な事にはなりませぬ。良いですか、徳にぃ様。私は百鬼軍の面々と親交を深めて参りましたのよ。これが人を襲わず、裏切らず、人に寄り添う妖怪達も居ると言う証明です。彼等が私達に仇なす事はございませぬ!」
声を張り上げて訴えると、徳にぃ様は厳しい面持ちで「いい加減にしろ」と唾棄した。
「千代。奴等はお主の良心を利用し、弄んでいるだけぞ」
「彼等は嘘偽りなく、真心で接してくれています」
「口先だけの言葉では、何の信用にもならん。千代、今の主は己を見失っているのだ」
「そんな事ありませぬ!しかと見えています!己も現実も真実も見えているからこそ、私はこうして徳にぃ様のおかしな言い分に反駁しているのです!」
大きく見開いたままの目頭を指でぐいと押さえ、「見えている」と言う事をわざとらしく強調しながら、私は食い下がり続ける。
そして飛んで来るであろう反論を躱す様に、素早く言葉を継いだ。
「私は知っていますのよ、徳にぃ様。この目で見て、この耳で聞いて、この口で彼等と言葉を交しましたからね。人間にも善人と悪人が存在する様に、妖怪だって須く悪ではないのです。きちんと善がある。分かりますか、人間も妖怪も同じなのですよ」
「馬鹿な事を申すな。妖怪と我らが同じ訳あるまい。現に、あの連中は人里を幾つも襲い、人を喰らっているではないか」
徳にぃ様は唾棄する様に告げ、核を突いたと言わんばかりの顔をする。
けれど、私にとってはこんな指摘は何でも無かった。
私は「それは昔の話です」と、落ち着いて答える。
「今の彼等は違います。彼等が慕う頭目殿が、人を食うなと命じたから人を襲う事をしなくなったのですよ。故に、これからも彼等が人に牙を向ける事はありませぬ」
毅然と言い返すと、目の前の徳にぃ様は納得がいかない顔で「あり得ぬ」と口ごもる。
私はその隙をついて「そう命じられてから、百鬼軍の面々が人を食った姿を見た事がありませぬ」と、追い打ちをかけた。
「人を前にしても耐える様になったのですよ」
「・・お主の見ていない所で惨たらしく人間を喰っておるのだ。千代、お主は妖怪を信じ過ぎだ」
徳にぃ様は憮然と食い下がるが。私の言い分の綻びを広げるには至らなかった。
当然の事であろう。彼等を噂で判断する徳にぃ様よりも、彼等と直に付き合い続けてきた私の方が強いに決まっている。
私はふぅとため息を吐き出してから「徳にぃ様のお気持ちも分かりますけれど」と、宥める様に言った。
「頭ごなしに決めつけるのではなく、まずは彼等を知ってみて下さいませ。それが徳にぃ様の利にもなり、互いが寄り添う一歩になりましょうから」
「・・妖怪と分かり合うつもりはないし、分かり合える事もないのだ。千代、お主は夢」
「千代」
徳にぃ様の声に重なる様に背後から飛んできた声に、私はパッと後ろを向く。
そこに立っている人を見たら、うんざりと陰っていた顔がパーッと明るくなっていくのが自分でも分かった。
私は「徳にぃ様、彼が百鬼軍の頭目殿ですよ!」と嬉々として紹介してから、歩み寄ってきたいばなに「こちらは親方様の忠臣の一人、兵部殿よ」と軽く紹介する。
いばなは威圧的に腕を組み、「そうか」とぶっきらぼうに答えた。一方の徳にぃ様も、警戒心や敵愾心を剥き出しにして睨むだけ。
互いにバチバチと殺気が迸り、この周辺の空気だけが異様に殺伐とし始めた。
あぁ、このまま一触即発の事態が続くのは良くないわ。こんな所でこの二人が争ったら大変な事になるもの!
私は「もう、そこまでにして」と言う圧を込めていばなを見やり、いばなを少々たじろがせてから「では、徳にぃ様!」と朗らかに声を上げて向き直った。
「彼が軍の方に戻るそうなので、お見送りをして参ります!」
徳にぃ様は思いがけない急展開に唖然としていたが。私はその好機を逃さず「さ、参りましょう!」と、ぐいっといばなを押した。
いばなは私の圧に負けて、「あぁ」と弱々しく頷きながら徳にぃ様から背を向ける。
私もその後をついて行こうとしたが、後ろからパシッと手首を掴まれた。
思いがけない手首の力に、私は驚きを露わにして振り返ってしまう。
「行くな」
物々しい声音ながらも、そう告げる表情には私の身を案じるが故の不安と心配が現れていた。
初めて見る様な痛切な表情を見てしまうと、苛立ちを覚えていた私がスッと大人しくなる。故に、「いい加減にして下さい」と出かけていた文句も、サラサラと奥の方に流れていった。
私は朗らかに笑みを浮かべながら「大丈夫ですよ」と言う。
「何も心配はいりませぬ」
「・・そうではない。そうではない、千代。私は、私はただ・・主の事が、心配なのだ」
もごもごと重たい口で返す徳にぃ様。
私は「充分承知しております」と答えてから、徳にぃ様の手をゆっくりと包み込んで一つ一つ解いていく。
「千代の身をこれほどまでに案じて下さるのは徳にぃ様だけですもの。千代はまこと幸せ者です。ですが、もうそこまで心配なさらなくても大丈夫ですよ。千代はもう、徳にぃ様に迷惑ばかりをかける童ではありませぬ」
憮然とする徳にぃ様にいつもの笑顔を見せてから、最後の指を解いた。
「徳にぃ様、千代はもう大丈夫ですよ」
キュッと掴んでいた手を柔らかく包み込んでから、私は「では」とゆっくりとその手を離し、少し先で待ついばなの元に駆けて行った。
いばなは何やら神妙な面持ちをしていたけれど。私が駆け寄ると手を伸ばして、少し表情を崩した。
私はその表情にニコリと顔を綻ばせてから、差し伸べられた手に自分の手を乗せた。
しっかりと手が受け止められると。いばなはぐいと私を引き寄せてから颯爽と横抱きし、天高く飛び上がった。
私はいばなの首にしがみつく様に掴まり、完璧に彼に身を預ける。
不思議。なんだか、いつもより面映ゆい感じがしないわ。
徳にぃ様に、寄り添えないとか相容れないとか言われていたからかしら。「こんな近くの距離に居られる」と言う嬉しさが込み上げてくるし、いばなの存在の大切さが改めて心に深く刻まれる。
私は緩む口角からフフッと喜びを零してから、ギュウッと手の力を強めて首に顔を埋めた。
「・・どうかしたのか?」
「別に何でもないわ。ただ、幸せを噛みしめているだけ」
いばなは、私の言葉に「そうか」とぶっきらぼうに返す。
そのぶっきらぼうさに、私と同じ想いが込められている事には、勿論気がついていた。