隣では、お母さんとおばあちゃんが、お医者さんから説明を受けている。
「血中のカリウム濃度が下がっていますし、過換気症候群(かかんきしょうこうぐん)でしょう」
「それってあの過呼吸っていうやつですか? 緊張したりするとなるっていう」
 お母さんが不安そうに先生に尋ねる。
 過換気症候群。場面緘黙の事をいろいろ調べるなかで聞いたことはあった。でも、実際自分がなるとは想像していなかった。
「ええ。呼吸が浅く早くなって激しく呼吸する事で、血中の二酸化炭素が放出されて炭酸ガス濃度が低くなる。そうなると血液がアルカリ性に傾き、今回のように足をつったり痺れてきたり」
「大丈夫でしょうか?」今度は、心配そうにおばあちゃんが尋ねる。
「呼吸を整えればすぐ良くなりますよ。ま、お昼頃には戻れるでしょう」
 糸花おばあちゃんが固まった私の手を握ってくれた。その温かさにホッとする。そして作業服姿のお母さんからは汗の匂いがした。きっと作業現場から急いで来てくれたのだろう。
 ありがとう。そして ……みんな、ごめんなさい。申し訳ない気持ちで一杯だった。

 それからしばらくは、ただただじっとして回復を待つしかなかった。静かな治療室に一人。私の呼吸音だけが響く。
 やがて、まだ痺れは残っていて力は入らなかったものの、固まって動かなかった手の指を少し動かせるようにはなった。自分の体がほんの少し戻ってきたようでホッとした。良くはなってきてる。

 カーテンで仕切られたベッド。その向こうから、おばあちゃんの声が微かに聞こえた。
「これも、あの『場面緘黙』だっけ、男の子の前でたまに喋れなくなる。あれ、あれのせいかねー」
「うーん」お母さんが、ため息のような重い返事を返す。
「酷くなってないかい」
「……」
 沈黙の向こうから、二人の心配が痛いほど伝わってくる。酷くなってる、私の場面緘黙症。今まで男の子の前や視線の集まった時にたまに喋れなくなるだけだったのに。すれ違っただけでこんな事になるなんて。……酷くなってる。
 深いため息が溢れる。静かに眼を閉じると涙がこぼれた。腕で目を隠す。すぐ喋れなくなる小さな自分が、また手を引いてきた。振り払っても、振り払っても…… こんな自分に区切りをつけるために、こんなに頑張ってるのに、どうして……
 消えてしまいたい。
 全て忘れてしまいたい。
 やがて、すべての疲れがドッと押し寄せ眠くなった。そんな微睡みの中、昔の事が頭をよぎる。