二年の夏になった。
 郊外にあるこの中学校は周りが畑に囲まれていて、すぐ近くには大きな川もある。だから都心の学校より幾分涼しいのだろうけど、それでもやっぱり暑いものは暑い。
 放課後、校庭の見える渡り廊下の端。日陰ではあったけど、校庭からの照り返しもあり、練習するにはちょっと暑い場所だった。校舎の中に行けばもっと涼しいところもあっただろうけど。でも私は、この校庭の見える、この場所で練習がしたかったんだ。ここにいると、たまにフッと校庭から砂の香りが漂ってくる。そして、陸上部が走っている姿が目に入る。だから……

 隣で一緒に練習してる三穂ちゃんが、目をキラキラさせながら私に言った。
「エー、瑠璃、永野が好きなの? ふーん、陸上部の永野かー。瑠璃はあういうのがタイプなんだ」
 私は下唇に乗せていたオーボエのリードを、プッと吹き出した。
「しー、しー、しー。違うの、好きなんじゃなくて、話したいというか、えーと、ちゃんとお礼を言いたいというか」
 三穂ちゃんと目があい、カーッと自分の顔が赤くなるのが分かった。暑さで吹き出していた汗が風にあたり、暑さと冷たさで感覚が混乱する。あー。なんでこうなるの? 
「フフ、瑠璃は分かりやすいから。へー、そう。瑠璃は永野かー、ほほー」
「ダメ、かな」
「ダメじゃないよ。ただ、びっくりして。あ、でも、その、う--ん」
「分かってる。男の子と話せないことでしょ」
「あー、まあ、でも好きな人なら大丈夫か」
「ううん。ダメだった」
 私は顔をあげ、そして遠くを見た。目線の先には、陸上部で練習をしている同じ学年の永野冬真君がいる。決して体が大きいわけではなかったけど、クリッとしたくせ毛の頭で、遠くからでもその姿が良く分かる。スターターピストルの「パンッ!」と言う軽い音が響いて、永野君もスタートブロックを使ったダッシュの練習を繰り返していた。

「ダメ?? ダメって、何かあったの?」
「うん。永野君ね。朝、走ってるの。朝練かな? それで、たまたま走ってる事知ってね。それから走ってるの、私も」
「え? 瑠璃が?」
「うん」
「……な、なまら、びっくり」
 三穂ちゃんは目を丸くして、素っ頓狂な声をあげた。

    ○