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 小学生の頃、駅前でお母さんと聞いた「サリーガーデン」そして、お母さんの涙。
 お母さんの涙の意味を、あの時はまだ分からなかったけど、オーボエの音色が、私たちを包みこんでくれたことで、悲しみの重りが少し溶けた気がした。私も、何もできないけど、みんなの心を楽にできれば、少しでも、みんなの力になれれば。ずっと、そう思ってる。

 お母さん。
 ありがとう。
 私、ちゃんと知ってるから。

 お母さんが作業服姿で障子の張り替えをしている。小学生の私は物陰から見つめている。一瞬、お母さんの姿に、お父さんの姿が重なる。が、すぐまたお母さんの姿に戻る。一人、作業場で一生懸命仕事をするお母さんの姿。額の汗をぬぐい、黙々と仕事をこなしていく。やがてお母さんは、物陰の私に気づき、手を止めて、ニコッと微笑んだ。
「ありがとう、お母さん」

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 オーボエの音色が想いを乗せ、夜空を超えて広がっていく。「サリーガーデン」の素朴なメロディーに合わせ、その音は、やがて語りかけるように、優しく響く。

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 おばあちゃん、
 ありがとう。
 いつも私の味方でいてくれて。

 小さい園児ぐらいの私が、元気なおばあちゃんに手を繋がれて、いろんなところに遊びに行っている。公園や動物園、遊園地、デパートや、映画…… やがて、私は大きくなり、おばあちゃんは背が丸く、小さくなった。そんな、おばあちゃんが、作業場のなか、金槌片手にニコッと笑いかける。作業場の前、花火大会に行くのを躊躇していた私の背中を押すおばあちゃんがいる。
「ありがとう、おばあちゃん」

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 オーボエの音色がひときわ大きくなる。語りかけては消える、優しい音色に、三穂ちゃんのトランペットの音色が混じり合う。オーボエの音色を彩る様に、空へ届く様に。
 空の星が、音色に呼応するように瞬き。また、二人の音色が星の輝きに呼応するように煌めく。真っ直ぐに素直に音が伸びやかに駆け抜けていく。  

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 三穂ちゃん。
 ありがとう。
 いつもそばにいてくれて。

 友達のいなかった私に声をかけてくれた三穂ちゃん。毎日の会話が、一緒に遊ぶのが、一緒にご飯を食べるのが、一体どれほどの支えになっているか。そして、こうやって一緒に演奏すれば、心に羽が生えて空だって自由に飛べる。
 音楽室。三穂ちゃんが私の肩にそっと手を置いてくれる。不安で泣いている私を、そっと静かに支えてくれる。
「ありがとう、三穂ちゃん」

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