「それで」私は身を乗り出して聞き返した。
「それっきり」
「えっ?」
「戦後間もなくだったからね。色々混乱してたし。フッと彼の家族みんないなくなったのよね。家庭の事情で」
「引っ越したって事」
「今みたいな、普通の引っ越しじゃないのよ。あの当時は、皆大変だったから。消えたようにいなくなった……だからこそ、そんな事情があるからこそ、最後に花火大会に誘ってくれたのに」
「……そう」
「せめて最後に謝りたかったし、本当の気持ちを伝えたかった。気持ちが伝えられないって、苦しいね。打ち上げ花火の音を聞くと、いつもその気持ちが蘇ってくる。笑ちゃうけど思い出しちゃうのよね」
 おばあちゃんがガラス扉に映った自分の姿を眺めて、フッと苦笑する。
「ごめんごめん、時代が違うし、何の話をしてんだか」
「ううん。よく分かる」
 サリーガーデンの歌を思い出した。時代を超えて流れる懐かしく優しい旋律の風を。
「そう。……ま、そう言う思いは同じかもね」
 というと、おばあちゃんはこちらに向き直り
「……ねえ、瑠璃はあきらめきれるの?」と問いかけて来た。
「それは……」
「ほら、行っておいでよ」
 おばあちゃんが優しく声をかけてくれた。
 私の中にある「想い」がもがく。でも、ダメ。私は私を必死に押し込める。
 その時、ヒューーー、ドン。突然、打ち上げ花火の上がる音が響いた。

 「あっ」っと引き戸を開けて外に飛び出す。
 ヒューーー、ドン、ドンドンドン。
 街並みの向こうに、花火が連続であがる。私はただ呆然とその花火を眺めた。
 ……消えていく。どんどん、花火が消えていく。
 一緒に花火を見ながら、おばあちゃんが呟いた。
「本当に好きなものからはね、逃げられないのよ」
 花火が打ち上がる音に合わせて、閉じ込めていた「想い」が飛び出してくる。私は作業場の中に駆け込むと、スマホを取って電話をかけた。
「三穂ちゃん、今どこ。私、やっぱり行く!」
「ばか! もう遅いよ。永野ね、何か大事な用があるとかで帰ったよ」
「ええっ! そんな……」
「だから言ったのに」
「あっ! もしかして怒ってた? 怒って帰ったのかな? どうしよ」
「知ーらない」
 スマホを切り、ゆっくりと外に出て、連続で打ち上がる花火を心なくぼんやりと眺めた。

 ドン、ドンドンドン。
 大地を震わす、その打ち上げ花火の音は、飛び出した私の「想い」を潰すように容赦無く響いてくる。夜空に、咲いては消える、光の花。消える、消えていく。そして、きれい。いつも以上にそう思った。一人で、そう思う心が静かに締め付けられる。
 やがて私は、あきらめた様に作業場に戻ると、立てかけられた襖を、ため息つきながら眺めた。
「これが現実。これが私。こんなもんよね」
 虚無感だけが心に残る。