涙ぐんだ私は、一歩離れて外に目をむけた。店の前の道を、お母さんに手を繋いでもらった小さな女の子が通り過ぎていく。赤い浴衣を来て、嬉しそうなその姿は、まるでそこに花が咲いたように見えた。それから、ガラスの端に映った自分の顔を見て俯いた。
「じゃあさ、行っておいでよ」
 しばらく一緒に外を見ていた、おばあちゃんがポツリと言った。
「えっ」
「行っておいでよ。花火大会」
 おばあちゃんが私の背中を両手で押しながら言う。
「もういいって」
「どうしてさ」
「だって、おばあちゃん怪我したら困るじゃん」
「バカだねえ、あんた。そんな事どうだっていいんだよ」
「良くない」
「分かった。じゃあ、私は何もしない。それならいいだろ。さ、行っておいで」
「でも」私は、襖を見た。
「お母さんが困るから」
「あんたは本当に真面目だねー。大丈夫だよ。なるようになるさ、怒られたっていいじゃないか」
「……」
「後悔するよ」おばあちゃんが見つめて言う。
「だって……もう、いいから、後悔しないから」
「するよ。後悔して欲しくないんだよ。私みたいに」
「何? どういう事?」
「……うん。何でもない」
「なんの事?」
「何でもないよ」
「気になるじゃん」 
 手を振って、何も無かったことにして、おばあちゃんは奥に行こうとした。
「話してくれたら、気が変わるかも」
 おばあちゃんは、止まってしばらく思案したあと「そんな大した話じゃないよ。でも、少し話そうか」と言うと椅子に座って、昔を思い出す様に話はじめてくれた。
「もう60年、いや70年かねえ、それぐらい前の話だよ。……でも、忘れられないんだねえ」
 おばあちゃんが、まどの外を見ながら語る。



「戦後ちょっとして、花火大会が始まって。その花火大会に、おばあちゃんが瑠璃ぐらい、いや、もっと若かったかな? おばあちゃんも、その時好きだった子に誘われたのよ。『打ち上げ花火を一緒に見たい。浅間神社で待ってる』って」
 浅間神社は朝通っている大橋を越えた、山の麓にある歴史ある神社。花火大会が落ち着いてみれる場所だった。
「恥ずかしくてね。でも、嬉しかった。だから、その日は朝からウキウキしていたんだけどね。でもね、でも、やっぱり家の手伝いやらなんやらで行けなくて」
 おばあちゃんは、両手を体の前で合わせると、すす竹を編む手元を再現した。
「あの頃は、この辺の人はみんな、いつもこうやってすす竹編んで籠作ってたからね。その日も結局、編む事になって」ふと、手を止めて窓の外を眺める。
「行けなかったんだ。結局」
 おばあちゃんの瞳に、花火の光が映っているように見えた。