私は、爪を噛みながらひたすらスタスタと作業場内を歩き回っていた。パッと外を見ると、空は宵闇にまでなっている。どうにも出来ないまま、ただ、時間だけが過ぎていった。
「どうしよ。どうしよ。どうしよ」
 と、ただ作業台の前を行ったり来たり歩き回る。行かなくちゃと思う。でも、襖を見ると、お母さんが、お父さんが亡くなったあと一人で仕事を頑張っている姿が浮かんできて足が動かなかった。うちは決して裕福ではないけれど、オーボエをやる事を許してくれて、安くないリードを嫌な顔せず定期的に買ってくれて。 それもお母さんがこの仕事を頑張ってくれてるから。
 だから、気にせず行くなんて事できなかった。

「瑠璃ちゃん」
「どうしよー」
「良し。ここは、おばあちゃんに任せな。よいしょっと、っと」
 おばあちゃんが作業場にヨロヨロと降りてくる。その瞬間、フラッとよろめいた。
「あ、危ない」慌てて手で支える。
「大丈夫大丈夫」
「おばあちゃん」
「なあに、襖の5枚や6枚、おばあちゃんにだって貼れるさあ」
 おばあちゃんは私の肩をポンポンと叩いた後、工具箱の中をジャラジャラ探してテープを取った。
「まず襖の枠に目印を付けないとね」
 千切った養生紙テープを襖の枠に貼ろうと腕を上げようとするが上がらない。
「はぁー、そりゃそうよね。この八十肩じゃあがらないか。台が必要ね。瑠璃ちゃん、そこの丸椅子取ってくれる」
「やめてよ」
「大丈夫大丈夫。おじいさんと一緒に何百枚何千枚、襖張替えたと思ってるのよ」
「無理だよ。今は昔じゃないんだから」
 そんな私の声を気にせず、おばあちゃんは丸椅子を引きずって持って来た。
「やめてって。ほんと怪我するから」
 おばあちゃんから丸椅子を奪い取る。
「いい、私、やるから。だから止めて。お願い、ここに座って」
 とおばあちゃんを丸椅子に座らせる。危なっかしくて見てられないよ。もう!
「悔しいねー。頭はまだまだピンピンしてるのに、体がこれじゃあねー」
 おばあちゃんは自分の肩を揉みながら話を続けた。
「こう見えても昔は良く、おじいさんを手伝ったんだよ。おじいさんが枠を外して、私は紙を切って糊を付けて、おじいさんに渡すんだ。それをサッと、鮮やかに貼付けて行く。何もしゃべらず、ただ黙々と作業するおじいさんが格好良くて……」
 おばあちゃんの話は、その後もずーと続き、終わる雰囲気がなかった。